さて、そういった薬物が乱用された1970年代、取締官事務所が逮捕したり、事情聴取した芸能人は少なくなかった。所持の容疑で取り調べられた時の芸能人の反応は千差万別だが、いちばんタチが悪かったのが、歌手で大物俳優でもあるAだった。
演技派俳優でもあるAは取調室の中でベテラン職員を相手に演技するのだ。
自分の描いた筋書きに沿って迫真の演技をする。そしてその筋書きが破綻すると、うろたえることなく、「記憶違いでした」と別のことを言いだす。なんてヤツだとアキれてしまったが、結局、落とした。
一方、礼儀正しく、素直に取り調べに応じる者もいる。アイドル女優のBは77年に発覚した大麻事件のチャートの中で登場した人物。
彼女は別の歌手からもらったブツは量が少なく、結局、事情を聴いただけで帰した。
Bはその後、活動を自粛したと聞いた。取り調べ中も聡明な印象を受けたが、親族の中に弁護士がおり、どうやらその指示に従ったらしい。
「大物歌手のCが恋人とともに大麻を乱用している」
77年、協力者からの情報で我々は数カ月間、彼女の内偵を進めていた。恋人のバンドマスターを徹底的に張り込み、行動確認した。その結果、Cとバンドマスターの大麻所持は間違いないとの結論に達した。
彼岸も過ぎた9月のある日、11人の取締官が捜査に向かった。まず、その日、NHKで収録があることがわかったので渋谷に向かった。しかし収録はすでに終わっており、本人は食事のため六本木にいるという。我々も移動し、さる有名飲食店の前で張り込むこと1時間。食事を終えて出てきたCは、今度は某ラジオ局へ移動した。
そこでも2時間以上、張り込み、Cが渋谷区内の自宅へ戻ったのは午前0時近かった。Cと付き人、運転手の3人だけになったことを見計らって、我々は駆け寄った。
「Cさん、我々は厚生省の麻薬取締官です。自宅大麻所持の容疑で捜索します。ご面倒ですが、捜索に立ち会ってくれますか」
許可状を読み聞かせて、本人とともに豪華マンションに上がった。
その時、我々を尾行してきたメディアの連中も後からついて来た。
「部外者は入っちゃいかん。出なさい」
取締官の一人が制止するが、我々に紛れて部屋に殺到してシャッターを切った記者がいた。
「いいかげんにしろ!」
当時、薬物に警鐘を鳴らす意味で、ある程度の取材は許可したが、捜索の現場まで入るのは、やりすぎだ。我々は記者とカメラマンを追い出して、捜索にかかった。
捜索は徹底的に行った。下着の一枚一枚に至るまで調べるため、付き人の女性が、
「そんなところまで調べるんですか」
と、ヒステリックに叫んだ。
◆プロフィール 小林潔(こばやし・きよし) 元厚労省関東甲信越厚生局 麻薬取締部捜査第1課長 1942年千葉県生まれ。拓殖大卒業後、厚生省関東信越地区麻薬取締官事務所に奉職。数々の事件を手がけ、伝説の麻薬取締官の名をほしいままにする。著書に「ガサ!麻薬Gメン捜査ドキュメント」(徳間書店)、「白い粉の誘惑~麻薬Gメン捕物帖~」(宝島SUGOI文庫)など。