9月1日、佐野研二郎氏がデザインした五輪エンブレムが撤回された。ネットで検証が始まった前代未聞の「盗作騒動」。だが、文学・音楽・漫画に至るまで多くの表現活動は「盗作」の歴史でもある。それは「模倣」という名の「文化継承」なのか、はたまた「習慣病」か。有名男女がやっちゃった「黒歴史」を公開する!
東京五輪のエンブレムを巡ってデザイナーの佐野研二郎氏に噴出した“パクリ疑惑”。ネット上では過去の作品にも検証が加えられ、「佐野研二郎デザイン」をウリにしたサントリーのノベルティでは、
「スタッフがやった」
と盗作を認めざるをえなくなるなど、疑惑が一気に拡大したことは周知のとおり。9月1日に佐野氏は、
「これ以上は、人間として耐えられない限界状況」
とコメントを発表。大会組織委員会からの実質的な撤回勧告を受け入れる前代未聞の事態となった。
「佐野氏は最後まで『模倣や盗作は断じてしていない』と主張しています。つまり盗作ではないけれどネットやマスコミで“悪しきイメージ”が広まったため、しかたなく取り下げた、という論理です。責任の所在をはっきりさせないまま臭いものには蓋をしてしまう日本式の決着だったと言えます」(全国紙社会部記者)
それでも決定が白紙に戻ったことは、これまでの“盗作事件”の歴史を見ると珍しいことだ。というのは、過去の「黒歴史」を徹底調査してみると、これまでもさまざまな分野で“パクリ”が話題となってきたものの、そのほとんどはウヤムヤのまま闇に葬り去られてきた経緯がある。
「こうした日本社会の持つ“甘さ”が今回の騒動の土壌になっていたことは否めません。オリンピックという世界的に注目を集め、かつ莫大な金が動く舞台だったこと、またネットという炎上を増幅させる舞台装置がフルに威力を発揮したこともあって、ここまでの大騒動になりました」(前出・社会部記者)
多岐にわたる分野で起こる“パクリ疑惑”。その代表格といえば、長い歴史を持つ文学の世界であろう。文学界における盗作事件の数々をまとめた栗原裕一郎氏による「〈盗作〉の文学史」(新曜社)によれば、盗作事件とは、
〈基本的に、何かしら議論や波紋を呼んだもの〉
同書で報告されているパクリの多さには、驚きを通り越してあきれてしまうほどだ。何せ大正から昭和初期にかけての文壇では、作家の「代作」が制度化しており、文学史に名前を残す大作家たちが平気で手を染めていたという。
象徴的なケースが夏目漱石の門人で芥川龍之介、菊池寛らとともに雑誌を創刊したこともある有名作家・久米正雄のエピソード。
昭和2年、久米が発表した小説「安南の暁鐘」が、無名の作家から預かった原稿に数行書き足しただけだったことが発覚。ところが久米は、使ってくれと頼まれたから使ったまでだと開き直り、久米を批判する作家仲間もほとんどいなかったという。
現在では考えられない話だが、久米の師である漱石も旧知の書生を助けるために「代作」を斡旋。久米の文学仲間で、のちに文藝春秋社を創設した菊池寛も代作が多いことで有名だったというが、多くの人間の面倒を見ていたということで、逆に人望を集めていたというからおもしろい。
「あの尾崎紅葉も弟子の作品を自作として発表していたそうですからね。まだ著作権やオリジナリティといった概念が希薄な時代だったということでしょう」(文芸誌編集者)
もっとも権利意識が明確になり、情報網も発達した今の時代では、こうした行為が完全に「盗作」であることは言うまでもない。
そんな文学界で最も有名な「盗作騒動」作家といえば「白い巨塔」「華麗なる一族」「不毛地帯」「沈まぬ太陽」など、数々の著書がドラマ化・映画化されたベストセラーで知られる故・山崎豊子氏だろう。