女優の南野陽子が26日、放送の「ライオンのごきげんよう」(フジテレビ系)に出演し、高校生だったデビュー当時を振り返った。
はじめは昼夜を問わず「おはようございます」と挨拶する芸能界ルールに馴染めず「こんにちは」「こんばんは」と返したり、スタッフに対して「あなたは私のことを知ってるかもしれないけど、私はあなたのこと知らないから、お名刺いただけます?」などと言い“生意気な新人”と思われていたそうだ。
すると司会の小堺一機から「それって尖がっていた?」と突っ込まれるとあっさりと認め、「今思うと面倒くさい子だったな」と反省まじりに語った。
芸能記者は「南野のデビュー当時はそんな可愛らしいもんじゃなかった」と言ってこう続ける。
「1984年にドラマデビューした南野は、翌年『スケバン刑事II 少女鉄仮面伝説』で主演し、一躍人気女優の仲間入りとなった。87年に公開された『スケバン刑事』でも、初映画にして主演。同年の暮れには映画『はいからさんが通る』でも主演を務めました」
この記者が南野の“尖がっていた過去”を目撃したのは「はいから──」の取材だった。
「映画の舞台は大正時代で、主人公は女学生。そこで大手着物メーカーが全面バックアップし、当時の最先端ファッションを再現したことも話題の1つでした。ところが、南野の囲み取材を待っていたら控室から『いつまでこんな格好させるのよ。もう脱ぎたい!』って彼女の怒号が聞こえるんです。着物メーカーさんのいる前で『もう脱ぎたい!』はないだろうって、みんな呆れてましたよ」
そこで急遽登場したのが、阿部寛だったという。
「阿部はこの作品が役者デビューでしたが、南野が駄々をこねて出てこないため、急遽代わりに阿部が取材に応じることになったんです。囲み取材も初めてだったのか、それはもうシドロモドロだったのを覚えています」
いまや大物俳優の阿部をピンチヒッターに立たせるとは、南野の黒歴史も大物級といえるかもしれない。
(李井杏子)