見えた! 透けた! そして俺たちはソソリたった! 1991年のヘア解禁でに歓喜してから、早くも四半世紀! いまだに諸兄の脳裏にギラリと焼き付いている、美女芸能人たちの一糸まとわぬ姿ベスト50を決定する!
樋口可南子が「water fruit」で漆黒地帯を見せたのは、1991年2月15日。芸術か否かと世間が大論争となってから、今年でちょうど25年。今日でこそ手のひらのスマホでモロも鑑賞できる。だが「見えた」「透けた」そして「ヌケた」と大騒ぎした時代、女体の三角州(デルタ)は男のパラダイスだった。
全国40歳以上の男性1000人がアツ~く脳裏に焼きつけた「俺が愛でたい最高のヘアヌード写真集」のアンケート結果で、堂々の1位はやはり宮沢りえ(42)の「Santa Fe」。他の追随を微塵たりとも許さぬ500票超の大量票を独り占めだ。91年10月13日の朝刊に打たれた広告が新たなヘアの地平を切り開いた。
「ダウンタウン・浜田(雅功)がその広告だけで『嫁の目を盗んで、ガーッとヌイた』とテレビで自慢してた。買わなきゃと思った」(東京都・タクシー運転手・48歳)
発売まで1カ月間は、世はまさに「Santa Fe」狂想曲となったものだ。
「有名書店はすでに全て売り切れだった。ダメもとで隣町の書店に行ったところ1冊だけ残っていた。ラッキーでした」(北海道・公務員・44歳)
全国紙初のヘアヌード写真集の全面広告のインパクトは、まさにメガトン級。芸能評論家の佐々木博之氏が述懐する。
「都市伝説を真に受けて、ビニ本の薄消し修整部分にバターを塗っていたほど、解禁前に“デルタ信者”は多かった。実際に写真集に掲載されたヘアはわずか2点だけ。しかし日本にヘアブームをもたらした宮沢りえは、まさにヘア界のジャンヌ・ダルクと言うべき存在」
人気が凋落した女優が脱ぐのではなく、絶頂アイドルが全盛期に脱ぐという王道に、ヘアまで“激写”されていた。宮沢の写真集は前人未到155万部の記録的な大ヒットとなった。のちに本人は「ヌードを引き受けたのは『絶頂期のうちに自分の裸を写真に残しなさい』という母親の説得が大きかった」と語っている。ロケ地の米サンタフェの草原で、白陶器のようにくびれた裸体の股間に咲いた漆黒の花。もう一度吟味したいのだが、昨年7月に版元が発売中止を決めている。
東京・神保町のアイドルお宝グッズを扱う、文献書院の峯岸隆人氏が語る。
「10年前には山積みになっていましたが、今では児童ポルノ問題もあり、グレーゾーン物件のため取り扱いできない。もはや幻の写真集です」
残念無念、と口惜しむ諸兄に、芸能評論家の織田祐二氏も同調する。
「昨年放送の『ヨルタモリ』で、撮影した篠山紀信が写真集に載せなかったカットを堂々と公開していました。未発表カットがワンサカあることが判明しただけに、ぜひとも世紀をまたいでの完全版の発売を熱望します」
これを見ずに死ねるか!