昨年、日本で最も話題になった政治トピックの一つが、集団的自衛権である。政府は2年も前のアジア安全保障会議の時点から進めていたことなのだから、実は決して新しいトピックではない。しかし、政府が集団的自衛権の法制化を急いだことは事実だ。
背景にあったのは中国の存在だ。
14年、中国は南沙諸島で人工島建設を急ピッチで進め始めた。ベトナム・フィリピンなどは強く反発、軍事的衝突も辞さない姿勢を見せた。この問題は、同年のアジア安全保障会議で大きなトピックとなる。仲介する形でアメリカが中に入り、話し合いでの解決を進めようとした。中国はそうした席で、「人工島の建設を中止する」と明言。しかし実際にはやめなかった。
15年、人工島の一件はさらに大きな問題となる。アメリカ、ASEAN諸国も、変わらず人工島の開発中止を強く要請。しかし、中国は「建設を中断した」と繰り返しながら、実際に建設を継続したわけである。中国の「ウソ」をアメリカが信じたわけではない。アメリカは軍事衛星を通じ情報を収集、日本の当局も100%把握していたのだ。
そして昨秋、完成した人工島の写真が報道されることになった。
南シナ海中央部2カ所に作られた中国の人工島は、日本にとって軍事的にも脅威となる。周辺にあるすべての国が、中国の軍事的支配下に置かれることになるからだ。
日本にとってエネルギー政策に与える影響も、非常に大きなものになる。日本に運ばれる石油、天然ガスのほぼすべてがその海路を使用しているのだ。これを中国の領有とし、周辺海域12海里を排他的経済水域とした場合、石油や天然ガスを運ぶ道「シーレーン」を、中国は完全封鎖することができる。
だからといって、アメリカが例えばベトナム、インドネシアというASEAN諸国と、直接的な軍事支援関係を結べるかというと、難しい事情がある。ベトナム戦争以降、一応和平状況にあるとはいえ、ベトナムのアメリカに対する心証は良くない。インドネシアはイスラム圏だ。アメリカとこうした国々との関係を考えた場合に、サポートプレイヤーが必要となる。それこそが日本の役割である。
現実に昨年には安倍総理がフィリピンに対して、新しい巡視艇10隻を供与する方針を表明している。ベトナムに対しても日本がすでに船舶支援を行うなどの約束を発表。
しかし、日本がこうした支援を実行するためには、法的な裏付けが必要だった。軍事的支援は100%違法とは言えないが、これを法律的に是認する必要があった。これが、ある意味集団的自衛権の本質である。逆に言えば、集団的自衛権成立が遅れたことで、中国とASEANばかりか、日中、中米との関係が、にっちもさっちもいかなくなってしまったというのが実態だ。
中国の人工島完成前に、強い抑止力によって中止させることができていれば、今日のような軍事的緊張関係は、これほど高まらなかったのではないだろうか。そう考えさせられる事態が「航行の自由作戦」後、起こった。中国が人民解放軍を、これまでの7軍区から4選区に再編したのだ。それ以前の人民解放軍は政府軍ではなく共産党の支部という立場で、アメリカの州軍のような体制だった。再編によって、中央政府による一括した指揮命令系統ができあがった。つまり即時戦闘態勢となったのである。
まさに、イギリスの首相だったチャーチルが、著書「第二次世界大戦回顧録」の中で書いた、「平和主義者が戦争を起こす」ということが、「平和主義者」がメディアを支配する、日本周辺で起こっている。日本はその当事者であることを、忘れてはいけない。
(経済評論家:渡邉哲也)