デビュー作の「岸辺のアルバム」(77年、TBS系)は、同年のテレビ大賞に輝いた。それから20年後に出演した「失楽園」(97年、日本テレビ系)もまた、国広富之(62)にとって、忘れがたい最終回となった。
どこにでもある普通の家族が、小さな事件の積み重ねによって少しずつ崩壊する。そして、最後に家そのものが濁流に流されるラストは、ドラマ史の金字塔と呼ばれた。
「僕が冴えない大学受験生、アメリカ人にレイプされて中絶する姉が中田喜子さん、倒産寸前の会社でフィリピン女性を日本に調達する父が杉浦直樹さん、そして若い男と浮気する母親が八千草薫さん。宝塚出身の八千草さんは不倫妻という役に抵抗があり、何度もオファーを断ったそうです」
国広が語るように、「岸辺のアルバム」は登場人物の設定がリアルな恐怖を持った。それを「説明セリフ」ではなく、丁寧な演出であぶり出した。
「例えば水道の水が一滴ずつ洗い桶に垂れていって、満杯になってあふれる。その瞬間、八千草さんは若い男のもとへ走ってゆくという比喩の表現がすばらしかった」
家族の秘密を知った国広が全員の前で暴露し、父親と取っ組み合いになって殴られる。約8分もの長いシーンで、最も多いセリフの量と格闘したそうだ。
そして家が流される直前、父親とともに家族のアルバムを持ち出すため、危険を冒して家に入るラストが印象的だった。
もうひとつ、「失楽園」では、妻(川島なお美)が別の男(古谷一行)と不倫に走るエリート医師の苦悩と嫉妬を演じた。
「小説でも映画でも、妻を寝盗られる夫のことは多くは描かれていない。ただ、ドラマだと尺が長いですから、視聴者に嫌われるくらい粘着質に描かれていましたね。中には『こんな夫だから妻が不倫するんだ』と言われたくらい(笑)」
エリート街道を走ってきた医師にとって、妻を奪われるのは屈辱である。古谷のもとを訪ねては脅したり、500万円の札束を積んで泣き落としてみたりするが、2人の気持ちは動かない。
「最後は包丁を持って2人の部屋に行くんですが、そろって『刺してくれ』と体を突き出される。究極の愛を貫く姿に、プライドが完全に砕かれてしまった。そこからは冷静な心境になり、医師の特権で、心中を決めた2人に青酸カリまで調達してあげていました」
視聴率27.3%を記録した最終回は、地上波のドラマとしては今後はお目にかかれないであろう全裸のセックスシーンが話題になった。体がつながったまま、絶頂を迎える瞬間に毒入りワインを飲み、息絶える。
「その後、2人が裸で雪原を長いこと歩くシーンがありましたが、あれは2人がアダムとイヴになって死への旅をする。幻想的な映像だったと思います」
高視聴率だったため、いわゆる「エピソード1」のようなスペシャルドラマも放映された。そこでは、新婚間もない2人のベッドシーンが大々的に宣伝され、冷や汗をかいたと国広は笑う。
「なお美ちゃんとは昨年、テレビショッピングの司会で久々に再会したんですよ。このドラマの撮影の話で懐かしがったやさきに亡くなって、残念でしたね」
限界に挑戦したドラマも、川島なお美も、二度と帰ってこない──。