「人をひいてしまった!」
そんな冷や汗が出るような体験をした人もいた。39歳の男性は震災から4カ月が経過したある日の夕方、車が人とぶつかった衝撃を感じた。慌てて車から降り車体を点検してみたところが、血痕はなし。何の痕跡もなかったというのだ。
そして今──。石巻駅前で客待ちをしているタクシー運転手に「震災幽霊」の話を振ってみると、同僚ドライバーからのまた聞き談をポツポツと口にするのみ。金菱教授が言うように、語れば軽くなる、その他大勢の体験と変わらないと取られかねず、幽霊体験をしたドライバーは皆、自分だけの秘密として封印しているのだ。
ベテランのドライバーは神妙な顔つきでこう話す。
「霊というのは親族に犠牲者が出た遺族や、よほど霊感が強い人じゃないと見えないよ。石巻の幽霊騒動は、震災があった11年から12年がピークだった。亡くなった人は自分がまだ生きていると思っているから、さまよっていると聞いたな。お巡りさんが見た、というような話もあった。ボランティアが被災地に入って活動している頃には、こんなこともあった。夜、身内を亡くした人を車に乗せて海沿いを走っていると、『ほら、あそこにいる!』と叫び始める。そして車を降りて、姿が見えたという方向へ走りだすんですよ。しかし、ボランティアには何も見えないんです」
石巻市内では復興事業が急ピッチで進んでいるが、建設作業員によれば、
「ワシの同僚に霊感が強いのがいて、背後にいる霊が見えるというんだよ。市内は震災直後、あっちこっちで遺体が発見された。どこに出たとしても不思議じゃないんだ。でさぁ、ワシの後ろに霊が立っていたのが見えたと言われてね。びっくりしたことがあるよ」
石巻市の病院に勤務する女性看護師(23)は震災直後から、急に霊が見えるようになった、と証言する。
「昼夜関係なく、腐乱した死体があちこちにいるんです。でも、実際に近づくといない。今も、あるはずのない場所に死体が見えます。震災から2年ほどたった頃、友人と、県内で有名な心霊スポットに行きました。橋の上から滝が見える場所でしたね。車を降りると、高校生の制服を着た女の子が橋の上に立っていて、おなかがふっくらしている。妊娠しているようでした。そして、そばの地面には赤ちゃんが置かれていました」
震災直後、この手の話はいたるところにあったというのだ。ジャーナリストの窪田順生氏が言う。
「震災後、東北出身の友人から幽霊が出る話は聞いていました。私自身は信じないタイプですが、全てPTSDで片づけてしまうのはどうか。科学では説明できないことはある。幽霊がきっかけで遺体が発見されたこともあるそうです」
前出・金菱教授は、
「ある礼節を持って幽霊に接することで、静寂な気持ちで無念をすくい取るイタコ的な存在となる。工藤はドライバーたちを、そのように位置づけていました」
「震災幽霊」がそうした場所に降り立ったのは、自然の成り行きだったのだ。