5月末、大阪府に住む会社経営者が約5億7000万円をだまし取られた事件が報じられた。大阪府警によれば、特殊詐欺の被害額としては過去最高額だという。警察が注意を呼びかけても、なぜこうした特殊詐欺が横行するのか。ウラで暗躍する“道具屋”が、詐欺の現場を暴露した。
「身分証がなくても保有できるIP携帯電話は、現代の詐欺になくてはならないアイテム。大阪で発生した“5億円事件”でも使われた可能性は高い」
こう語るのは、裏社会で“道具屋”と呼ばれるA氏。これまで数えきれないほどのIP携帯電話を犯罪グループに卸してきた。詐欺といえば真っ先にオレオレ詐欺が思い浮かぶが、
「オレオレは単純で誰でもできるが、効率が悪すぎるし、取れる金額もたかが知れている。現在はやっているのは社債詐欺で、1件当たりの“戦果”も桁違いだと聞いています」(前出・A氏)
この「社債詐欺」の現場でIP携帯電話がどう悪用されているのか。最新手口とともにこう明かす。
「金持ちの標的を見つけると、証券会社の営業マンをかたって、『B社の社長がそこの出身で‥‥』とか適当な理由をつけて、その地域限定の社債を売り込むわけです。もちろんそれだけで信じる人はいません」
その後、別の証券会社の社員を名乗る人物が被害者に電話をかけてきて、
「たいへん価値の高い社債です。購入されたら高値で買い取らせてください」
と依頼してくる。当然、その男もグルだ。
「社債が本当に存在し、しかも“プレミア商品”だという認識を被害者に植え付けてからが本番。証券会社から、被害者の名義で注文を出し、すでに入金も済ませたという報告が入る。その時点で被害者は一銭も金を出していないが、問題はそのあと。警察もしくは関係者から電話がかかってきて、『これは名義貸しといって立派な犯罪になる。詐欺ですよ』と脅されるわけです」(前出・A氏)
証券会社の営業マン、社債発行を行う企業の社員、弁護士、そして警察官──掛け子たちはあらゆる職業、身分をかたって被害者を追い詰めていく。そこで威力を発揮するのが、IP携帯電話特有の特殊な機能だ。
「どこからでも発信できる携帯電話でありながら、『03』や『06』などの局番はもちろん、『0120』のフリーダイヤルが組み込めるわけです。また、多くの警察署に割りふられている、下4桁が『0110』という番号も取得可能です。1人の標的を追い込むのに、50台の携帯電話が使われたこともあったそうです」(前出・A氏)
用意周到なシナリオによって、被害者は知らぬ間に“犯罪者”に仕立てられていく。このままでは刑務所に入れられてしまう──こんな焦りを抱いた被害者が証券マンに相談すると、こんな指示を受けるのだ。
「一度、弊社に社債の代金を入金してください。実際に購入したことにすれば、罪に問われません。ただし振り込みだと警察に察知されるので、必ず現金を指定した場所に送ってください」
言われるままに何度も現金を郵送し、実際に1億円近くだまし取られた被害者もいたという。
「掛け子たちがアジトにしているのはごく普通のオフィスビルの一室。2カ月とか3カ月という短い期間だけ借りて、捜査の手が伸びる前に移転するんです。IP携帯電話は従来の携帯と違って、GPS機能がついていないので、警察でも発信場所がなかなか特定できないそうです」(前出・A氏)
正規の代理店ルートを通して合法的にIP携帯電話を販売しているA氏だが、実際の業務内容はとてもカタギの仕事とは思えない。
「利用料金は口座引き落としではなく現金払い。ただ、詐欺師たちは非常に用心深く、人前に姿を見せることを極度に嫌う。だから暗証番号を入力するタイプのコインロッカーを使って集金しています。携帯電話の受け渡しも同様で、実はいまだに顔を合わせたことがない顧客が何人もいるんです」(前出・A氏)
どんな番号からかかってきても、顔の見えない相手を信用してはいけない。詐欺を防ぐ鉄則だ。