政治

田中角栄 日本が酔いしれた親分力(2)事業拡大の中で運命の出会いが

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 田中は、共栄建築事務所の社長として死にもの狂いで働いた。朝は5時か6時に必ず起き、寝床を這い出して出社した。掃除、雑巾がけは、自分でやった。

 昼間は、親しくしている理研の各会社をまわり、注文の打ちあわせをした。

 夜には、神田錦町3丁目の共栄建築事務所に行き、内職の技師たちや、月給85円で雇った早稲田大学出身の工学士・木村清四郎と一緒に設計を始めた。

 田中は、昼間会社回りをする合間を縫って、設計に必要な工事規模や仕様の概略を書いたメモを用意しておき、それを彼らに渡し、設計をしてもらっていた。

 もちろん、田中も、彼らと一緒に製図板に向かった。彼らと共に、夜の11時、12時まで図面を引いた。さらに、強度計算から、工事仕様書、工事入札要領の作成までやった。

 田中は、自分に厳しく言い聞かせていた。

〈社長でございといって、椅子にふんぞり返ってちゃあ、社員は動きはしめえ。人を動かそうと思ったら、一番に自分が働くことだ〉

 仕事が終わると、田中は、前もって買ってきておいたヤミ酒を、みんなと車座になって飲んだ。

 分け隔てのない経営者であった。みんな一緒に燃えてくれた。仕事は忙しく、協力者も日曜も祭日もなかったが、愚痴のひとつも言わなかった。

 田中の収入は、500円を超える月もあった。もし彼が建築事務所に正式に雇われていれば、月給35円から45円にすぎない。

 田中は嬉しかった。

〈俺は、人の10倍燃えてみせる!〉

 田中は、37年11月なかば、理研に呼ばれ、まるまる工場ひとつ分の設計図と仕様書を作るという大口の注文を受けた。

「喜んで、やらせていただきます」

 その日から、毎日のように徹夜の連続であった。

 12月28日午前11時、理研本社で田中は、1600円もの設計料の内払いとして、1000円を超す小切手を受け取った。

 田中角栄は、39年(昭和14年)3月、徴集兵として盛岡騎兵第三旅団第二十四連隊第一中隊に入隊した。

 さらに北満州の富錦に赴任するが、クルップ性肺炎で倒れ、病院を転々とし、41年(昭和16年)10月5日、除隊となり帰郷。

 田中は、出征前に仕事を手伝ってもらっていた中西正光を訪ねた。

 中西は、中島飛行機や横河電機、さらに早稲田大学の仕事を請け負っていた。その仕事の一部を、田中にまわしてくれた。

 そのうち、中西の懇意にしていた早稲田大学建築科の加藤清作教授から、中西に話があった。

「飯田橋の坂本組の事務所が空いている。経営者の坂本木平さんが今年の春亡くなり、女所帯だから、家賃はどうとでも折りあいがつく。ぜひ使ってくれ、と言ってきている」

 中西は田中に、その事務所を譲ることにした。

 中西は、田中を連れて、中央線飯田橋駅近くの飯田町2丁目の坂本家に出かけた。応対に出たのは、60歳近い、坂本木平未亡人と、娘のはなであった。田中にとって、はなとの出会いは運命の出会いであった。

 はなは、美人というほどではなかったが、愛嬌のある、慈愛に満ちた女性であった。無口であったが、よく気もつき、田中に優しくしてくれた。

 そのうち、はなが10年前に一度、婿をもらったこともわかってきた。その人との間に子供が1人いたが離婚し、未だ1人だという。はなは、田中より8歳年上で、当時31歳であった。

〈はなさんなら、おれがもらってもいい〉

 田中にはいま1つ、はなと一緒になる得もあった。

 前年の12月8日、太平洋戦争が勃発した。企業整備令や資金調整法が施行され、中小会社は事業運営が困難になっていた。それに見合わない中小会社は、経営を続けるわけにはいかなかった。田中が土建業を営むには、法人を組織し一年間に50万円以上の工事を請け負った実績が、3年間にわたって必要である。その実績により、資本金も決定された。

 もちろん、田中にはその実績はない。田中は、それなりの計算もした。

〈坂本組は、内務省出入りの古い経歴をもった土木建築業者だ。この閉鎖されている坂本組を受け継ぎ、新しい会社を起こそう〉

 坂本家の親戚の者から、2人の結婚に反対の声もあがった。しかし、2人の気持ちは強く固まっていた。

 42年(昭和17年)3月3日、桃の節句の日、田中角栄と坂本はなは、華燭の典を挙げた。

 その夜、いつもは無口なはなが、田中に3つの誓いをさせた。

「決して、出ていけ、と言わないでください」

「私を、足げにしないでください」

「将来、あなたが二重橋を渡る日があったら、私を、必ず同伴してください」

 はなは、そう言うと、田中の眼をまっすぐに見て誓った。

「その3つを守ってくださるなら、それ以外のことについては、どんな辛いことにも耐えて、ついて行きます」

 田中はその3つを誓う約束をした。

 田中は、のちに政治家となり、天皇陛下に会う機会があった時、約束どおり、はなを伴っている。

作家:大下英治

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