労働者向けの簡易宿泊所が立ち並ぶドヤ街。西の横綱が西成ならば、東の横綱は山谷だろう。
しかし、実際に行ってみると、予想は大きく裏切られた。街はクリーンに整備され、ションベンとヤニが混ざったような異臭もしない。英語表記の看板を掲げる旅館の経営者が言う。
「ずっと前から、どの宿も生活保護者ばかりだった。最近では病気とか体を壊してどこかのセンターに移る人も増えてね。スカイツリーは近いし、うちみたいに“客離れ”を外国人観光客で取り戻そうとするところは多いよ」
山谷の街を当てもなく歩いていると、ある行列が目に飛び込んできた。その先にあったのは1軒の弁当屋だった。並んでいる客の一人に話を聞くと、
「とにかく安いんで、夕飯はいつもここで買ってるよ。夕方にはいつも行列ができるけど、客さばきがうまいから、そんなに待たなくてすむんだよ」
メニューを見るとその安さに驚いた。「やきにく(豚)弁当」や「日替わり」は300円、定番の「のり弁当」はなんと130円だった。商売として成立しているのだろうか? 店員に思い切って尋ねると、
「採算なんか考えていませんよ」
こう言って笑った。別の客によると、この「激安弁当屋」は多くのボランティアによって長年支えられているという。
山谷唯一のアーケード街をブラつく。この泪橋付近は漫画「あしたのジョー」の舞台となった土地で、アチコチに矢吹丈のポスターが貼られていた。付近の公園で、先ほど購入したのり弁を実食する。プラスチックのパックに御飯と梅干し、それとは別にラップにくるんだノリが4枚、ごぼうとシイタケの煮物がついていた。健康を考慮してか、味つけは薄い。生活保護で暮らす山谷の住民は、この人情弁当を食べながら、どんな“あした”を思い描いているのだろうか。
タカさんは言う。
「山谷もいい街だったんだけど、俺たちのようなハグレ者にはどうも住みづらくなってね。おキレイなところはなぜか居心地が悪いんだ。理屈じゃないんだ」
そんなタカさんが現在暮らしているのが、西成、山谷と並び「日本3大ドヤ街」に数えられる横浜の寿町だ。
最後の訪問地も他と同様に、労働者の街から「生活保護天国」に変貌していた。寿地区の住民約6500人のうち、8割以上が生活保護を受給する高齢者と言われている。店を構えてウン十年という居酒屋のママが嘆く。
「昔は労働者たちで活気がすごかったけど、今じゃこのありさまだよ。昔からクズばかりだったけど、同じクズでも昔のクズは必死に働いていたからね」
そんな生活保護受給者たちを、ママは皮肉を込めて“福祉様”と呼ぶ。
「客はみんな、福祉様だよ。そのくせ、『もっと生きのいい刺身出せ』だの、『若い女を雇え』だの、口ばっかり達者でさ。まあ、そうはいっても、彼らがいなかったらうちらの商売あがったりなんだけどね」
ママが言うように、寿地区の経済は生活保護受給者が落とすカネで成り立っていると言っても過言ではない。安食堂に安飲み屋、昔あった田舎の商店のように品ぞろえの寂しい雑貨屋‥‥、そのどれもが“福祉様”の定収入を当てに商売を続けているのが現実だ。
「チマチマやっていく分には十分だよ。ただ、正直言って治安はあまりよくないよ。そこのスーパーなんて閉店になると入り口をぶっとい鉄のチェーンでグルグル巻きにしてふさいじゃうからね」(商店の主人)
根本直樹(フリーライター)