福祉様御用達の居酒屋でホッピーを飲んでいると、カウンター席でクダを巻いていた初老の客が、70歳過ぎと思しきママに店から叩き出されようとしていた。
「何で、もう飲めねえんだヨ!」
激高する客に、ママは冷たく言い放つ。
「アンタはもう“限度”を過ぎてんだよ」
驚きつつも事の推移を見守っていると、隣の客がごていねいに解説してくれた。
「この辺の店じゃ、常連の飲み代は全て店主が管理してるんだ。例えば、俺なんかは生活保護の支給日になると、A店に5000円、B店に3000円、C店にいくらって具合にお金を預けるわけ。そうすると、各店のママは俺が店に行くたびに、預かり金からお会計をして、『今月はもうコレしかないよ』と残金を教えてくれるわけだ。あのオヤジは預かり金をオーバーしちまったってワケだ」
飲み逃げを防止するための先払いシステムというべきか。ただし信用がつけば、店主の裁量でツケもきくというから人間味がある。店に案内してくれたタカさんが言う。
「酒だけじゃない。この街は競馬競輪、ボートのノミ屋が普通に営業していて、受給者ならばツケがきく。俺たちはこの街からは離れられない。そのことを知ってるから取りっぱぐれる心配もないんだろうね」
街を歩けば「130円弁当」に負けない激安商品のめじろ押しだ。まずはジュースの自販機。100円以上の定価で売られる商品はまず見当たらない。缶コーヒーは50円。ペットボトルのお茶も80円で販売されていた。
ある商店に入ると、普通は1袋単位で売られているパン類が小分けにして棚に並んでいた。
「袋単位で買っても俺たちみたいな単身者は腐らしちまうからね。バターロール1個とか食パン1枚が10円や20円で買えるなんて他にないだろう」
こう自慢げに話していたタカさんも、ある食堂の前を通りかかると、とたんに表情を硬くした。
「ココさ、NPOとか支援団体がやってる食堂でさ。定食は300円から食えて確かに安いんだけど、下手に顔を出してると、社会復帰のためとか言って“ジョブトレーニング”とやらを勧めてくる。ヘタしたら受給停止だから要注意だ」
タカさんの仲間だという元スリのジロウさん(60代)=仮名=も言う。
「いまさらまっとうな職にはつけないし、コイツ(指)も衰えた。俺がジョブトレーニングなんかして“現役復帰”したらすぐにパクられるのがオチだよ(笑)」
街には病院もある。介護施設も充実している。定住するには申し分ない──そう心に決めて1軒の簡易宿泊所の門を叩くと、
「はぁ? あんた、保護受けてるの? それにここじゃ『とりあえず1泊』とかありえないからね」
いざ住むとなると、厚い壁が立ちふさがる。そこは「ナマポ」とヤユされた者たちの最後の砦なのかもしれない。
根本直樹(フリーライター)