政治

田中角栄 日本が酔いしれた親分力(14)久々の再会から秘書へ転身

20160721h2nd

 その後、佐藤昭は田中の初めての選挙の応援弁士と結婚したものの、いつしか夫婦仲は冷えていった。

 52年(昭和27年)2月23日、所用から自宅に戻ってきた昭は、不審に思った。家の脇に続く塀に、紺色の高級車ポンティアックが横づけされている。

〈誰だろう、こんなところに‥‥〉

 家の近くまで来た時、ポンティアックの窓が開かれ、ひとりの男が顔を出して声をかけてきた。

「奥さん!」

 何と、田中角栄ではないか。

 昭は、思わず顔をひきつらせた。夫の事業が傾いてからというもの、田中と夫の仲は険悪になっていた。夫は、田中に世話になりながら不義理をしていたらしい。たびたび、田中土建の社員が押しかけていた。いよいよ、社長本人が借金を取り立てにやって来たのではないか。

 昭は頭を下げた。

「本当にご無沙汰しております」

 まさに3年ぶりの再会であった。田中は右手を挙げて「やあ」と昭に答えると、独特のダミ声で訊ねた。

「ご主人は?」

「不在なんです」

「そうか、ちょっと話があるんだが、車に乗って下さい」

 ポンティアックは、轟音を立てて走り出した。昭はさすがに不安になった。

〈田中先生はどこに行くつもりなのだろう〉

 車で連れて行かれたのは、1軒の料亭だった。

「ちょっと、ひと部屋借りるよ」

 田中は出てきた女将に告げると、ずかずかと入っていった。どうやら、かなり馴染みの店らしい。

 田中は、出されたおしぼりで首筋を拭いながら切り出した。

「今朝、選挙区から帰ってきた。君たち2人が離婚するという話を聞いて、あわてて訪ねたんだよ」

 昭はホッとした。どうやら、夫の田中に対する不義理の話ではないらしい。やっと落ち着いた。

 田中が、苦笑いしながら続けた。

「ところが、2人ともいない。仕方なく帰ろうとしたら、近くでボヤがあって道が通行止めになったというんで、解除されるまで待っていたんだ。そこに、君が帰って来たっていうわけだよ。ボヤがなければ、君とは永久に会えなかったかもしれんな」

「そうですね‥‥」

 田中が首を傾げた。

「しかし、なんでまた離婚などと?」

 昭は、さすがに言いあぐねた。

 東京に知り合い1人いない昭である。これまでの自分の苦しみを打ち明ける人すらなかった。親戚たちにも、これまでのいきさつは一切話していなかった。それだけでなく、親友の瀬下さだを始めとした、友人や知人たちとの交際すら断っていた。

 ましてや田中に頼ることなど、まったく考えも及ばなかった。が、昭は問われるままに、包み隠さず打ち明けた。

「そうか‥‥」

 田中は、ため息まじりに言った。

「しかし、もう一度よりを戻すことはできないのかなあ」

「主人も出て行けと言っておりますし、私も出ていく決心をしました。明後日にはあの家を出ます」

「覆水盆に返らず、だな‥‥」

 田中は持っていた鞄から、便箋を取り出した。

「まあ、そこまで行ったら、仕方がないな」

 田中は、便箋に何やら書き始めた。

「これをご主人に渡しなさい」

 昭は夫に会い、書いてある内容を知らぬまま、その手紙を手渡した。

 夫は田中の手紙を読むと、離婚を了承した。

 その年の10月の選挙で、田中は6万2788票を取り、初めてトップ当選を果たした。

 昭と共に食事をしていた田中は、満面に笑みをたたえながら誘った。

「俺の秘書として、働いてみるつもりはないか」

 待遇も、若い女性としては破格であった。当時、秘書の給料は一律に1万9800円であったが、それに200円足した2万円にしてもらったのだ。

作家:大下英治

カテゴリー: 政治   タグ: , , , ,   この投稿のパーマリンク

SPECIAL

アサ芸チョイス:

    なぜここまで差がついた!? V6・井ノ原快彦がTOKIO・国分太一に下剋上!

    33788

    昨年末のスポーツニュース番組「すぽると!」(フジテレビ系)降板に続いて、朝の情報番組「いっぷく!」(TBS系)も打ち切り決定となったTOKIOの国分太一。今月30日からは同枠で「白熱ライブ ビビット」の総合司会を務めることになり、心機一転再…

    カテゴリー: 芸能|タグ: , , , , |

    医者のはなしがよくわかる“診察室のツボ”<寒暖差アレルギー>花粉症との違いは?自律神経の乱れが原因

    332686

    風邪でもないのに、くしゃみ、鼻水が出る‥‥それは花粉症ではなく「寒暖差アレルギー」かもしれない。これは約7度以上の気温差が刺激となって引き起こされるアレルギー症状。「アレルギー」の名は付くが、花粉やハウスダスト、食品など特定のアレルゲンが引…

    カテゴリー: 社会|タグ: , , , , , |

    医者のはなしがよくわかる“診察室のツボ”<花粉症>効果が出るのは1~2週間後 早めにステロイド点鼻薬を!

    332096

    花粉の季節が近づいてきた。今年のスギ・ヒノキ花粉の飛散量は全国的に要注意レベルとなることが予測されている。「花粉症」は、花粉の飛散が本格的に始まる前に対策を打ち、症状の緩和に努めることがポイントだ。というのも、薬の効果が出始めるまでには一定…

    カテゴリー: 社会|タグ: , , , , |

注目キーワード

人気記事

1
上原浩治の言う通りだった!「佐々木朗希メジャーではダメ」な大荒れ投球と降板後の態度
2
巨人・坂本勇人「2億4000万円申告漏れ」発覚で「もう代役・中山礼都の成長に期待するしかない」
3
フジテレビ第三者委員会の「ヒアリングを拒否」した「中居正広と懇意のタレントU氏」の素性
4
巨人「甲斐拓也にあって大城卓三にないもの」高木豊がズバリ指摘した「投手へのリアクション」
5
3連覇どころかまさかのJ2転落が!ヴィッセル神戸の「目玉補強失敗」悲しい舞台裏