79年の賞レースを鮮やかに飾ったのが、ジュディ・オング(66)が歌った「魅せられて」だ。大ヒットしたレコードは、逆にジュディから“大役”を奪う事態にも発展した。
79年2月25日、当時の地中海ブームに乗り、「ワコール」のCMソングとして世に出た「魅せられて」は、またたく間に100万枚以上を売り上げた。
「いつまでも時代劇ばかり出ていないで、ちゃんと歌をおやりなさい」
CBS・ソニー(当時)の看板プロデューサー・酒井政利氏は、中堅の女優に甘んじていたジュディの背中を押した。そしてレコーディングに臨んだものの、メーカーは「時代劇ばかり出ている女優」に難色を示す。そのため、CMに名前を出さない「覆面歌手」とすることで放映にこぎつける。
やがて、状況が一変したとジュディは言う。
「あいかわらず時代劇の撮影をやっていたんですけど、悪人を倒してハアハア言っている時に、マネージャーが『1日で10万枚も売れたそうですよ!』って飛び込んできたわ」
CMにもようやくクレジットが入り、歌番組で華麗な衣装で歌うジュディの姿が連日、見られた。
チャンスは次のチャンスを生み、米・NBCテレビの大作「将軍」のヒロインにというオファーが届く。
「時代劇の立ち回りができて、英語もペラペラ‥‥向こうは私を『欲しい!』って思ったでしょう。私自身も子供の頃から『いつかは国際派女優になりたい』と思ってましたから」
ヒット曲が出て、これ以上ないタイミングに思えたが、運命は“逆の目”を張る。年末の賞レースが華やかなりし時代、日本を長く留守にすることは許されなかった。そしてジュディが下した選択は「『将軍』を辞退」(代役は島田陽子)である。
「どちらかが少しでもズレていたら? 実際、『将軍』の話は1年前から来ていて、延び延びになっているうちに、歌がポーンと売れたの。まあ、世の中はどうしたって“ままならない”ことがあるのを知りましたが、後悔はしていません」
ジュディが決意を発表したのは、大人気だった「ザ・ベストテン」(TBS系)での生中継だった。
神妙な表情で、そして涙をこらえながら「辞退」を語った。
「私の人生でも最も大きな選択でした。この体が2つあれば‥‥それこそ孫悟空になって分身できないかと思ったくらいです」
大賞が狙える位置にあった「魅せられて」という“大きな船”から、エンジンである自分が降りてしまうことはできなかったと言う。その決意に応え、ジュディは大みそかに「日本レコード大賞」の栄誉を獲得する。70年代最後の年の大賞であり、所属するCBS・ソニーにとっても悲願の初受賞であった。
「受賞の瞬間に、ソニーの大賀典雄社長に肩を抱かれて言われたんです。アメリカで女優として羽ばたくのも大きなチャンスだ。だけど歌を選んだジュディが大賞を獲ったのだから本当によかったって‥‥」
近年、「ルーズヴェルト・ゲーム」(14年、TBS系)の女社長役など、女優としても新たな評価を得ている。悔いのない選択は、長い年月を経て確実にフィードバックする。