詰将棋の名手で知られるプロ棋士の浦野真彦八段(53)は、小学校2年生当時の藤井少年と対局したことがある。
「私の“飛車角落ち”で、指導のためというより、ガチンコ勝負でした。2枚落ちなので相手の大差のリードから始まるわけです。その差を序盤、中盤で相手のミスにつけ込んで縮めるんですが、終盤では少し残ったリードを守りきられて負けました。若くして強くなる子は、おしなべて終盤に強さを発揮する。彼もそのタイプかな、と思いました」
藤井が所属していた奨励会の下部組織に当たる「研修会」での対局だった。
「この子、最年少プロになるって言ってるんですよ」
会の世話役は藤井を指して、こう耳打ちするのだが、
「何言うてんの?って感じでしたけど、まさか本当になるとは‥‥」(浦野八段)
2人が再会したのは初対局のひと月後、浦野八段が実行委員を務めていた「詰将棋解答選手権チャンピオン戦」。トップ棋士でも頭を悩ませる難問を、小2にしてズバズバ解いていった藤井は、そこでも頭角を現し始める。
「小6から中学2年生までは3連覇、特に小6の時は、参加者で唯一の全問正解優勝でした。ちょっと考えられないくらいすごいな、と思いましたね」
こう振り返る浦野八段もまた、藤井を相手に2度も苦杯をなめている。「第30期竜王戦6組」(2月9日・公式戦3戦目)で藤井が放った、閃光のような一手が特に印象深いという。
「竜王戦は持ち時間が長いから、お互いに長考が多かったんですが、途中から、どうも向こうのほうが読んでる内容が上でしたね。34手目に“7二角”という手が出たのですが、その時点で投了したいくらいすばらしい手でした」(浦野八段)
藤井が持ち駒から打ったその角は、浦野八段の狙いであった「6三飛車」の攻めを防ぎ、同時に相手方の飛車の頭にも狙いを定める、攻守を兼ねた妙手だった。ベテラン棋士をも驚愕させる棋力について、浦野八段が続ける。
「デビュー後、戦った相手のよさを吸収しているかのように、どんどん強くなっている印象があります。成長の度合いが本当にすごい。彼の師匠の杉本昌隆七段(48)はよく『藤井に関しては何が起こっても驚かない』と言っていますが、今は私も同じ気持ちです」
最後に、ファンを代表して、つるのが語る。
「僕らは、本当にいい時にファンでいられたと思います。これからずっと藤井君の将棋人生を見ていけるわけですからね。まずは勝ち抜いている竜王戦で“中学生タイトル”を獲ったりしたら‥‥いや、想像するだけですげえなあ」
藤井聡太の「神手伝説」は始まったばかりである。