殿は外食などの際、運転手や弟子を外で待たせることを嫌い、よほどの事情がない限り、弟子を中へ招き入れ、一緒に食事をとることを常とします。
「浅草に○○○って芸人がいてよ。そいつがまた弟子にやたら厳しくて、自分が食ってる間、弟子を外に立たせて待たせてたんだよ。俺はそれを見るのが嫌でよ。だから、特別な食事会とかじゃない限り、俺は弟子も店に入れて、一緒に食うようにしてんだけどな」
以前、殿から直接聞いた「弟子論」です。
ですから、たけし軍団では、弟子入り3日目の最若手だろうと、タイミングさえ合えば、殿と食事を同席することになります。その際、先輩から教わる注意事項は、「とにかく、出された物はきれいに全部食べること」のみ。で、18年程前、すでに30を過ぎていた、かなり変わった感じの、一人の中年が殿のもとへ弟子入りを果たした時のこと。殿との食事に同席したのですが、当然、彼にも「出された物は全部食べること」といった、最低限のルールをレクチャーしていました。殿邸のリビングで始まったその日の食事会は、殿のお客様が2名、軍団の若手が4名。テーブルにならぶ料理は料亭からの出前で、大皿料理が4皿ほど。あとは各自小鉢に入った茶碗蒸しや、小皿に乗った焼き魚など。殿はワインを、わたくしたち弟子はビールを頂き、食事会は静かにスタートしました。
ところが、乾杯を済ませて10秒程すると、殿との食事会初参加のその彼が、いきなり一心不乱に大皿料理にはしを入れ、なんと、一人で全部平らげてしまったのです。その異様な、新参者の大食いぶりに、“うん? こいつはバカなのか? それともとんでもなく腹が減っていたのか?”といった不穏な空気が場を支配し、殿も“こいつ、大丈夫か?”といった顔つきに瞬時にして変わったのです。
が、これはあくまで序曲に過ぎませんでした。その彼、テーブルの上の料理をにらみつけ、“次はどれにしようかな?”といった表情で物色すると、その目線は殿の前に置かれていた茶碗蒸しをロックオン! なんとまさか、殿の茶碗蒸しにはしを付けだし、ムシャムシャと食べ出すではありませんか! 目の前の惨劇に、殿の顔つきは、“え~!? 何なんだ、こいつは!!”といった、めったに見せない素の驚き顔に。そんな殿などお構いなしに食べ続ける彼。そんな彼に耐えかねた殿は席を立つと、わたくしをトイレの前へ呼びだし、「おい、あいつは何なんだ?」と、まずは当然の疑問を口にされ、続けて、
「お客さんもいるから、今は怒らねーけど、あいつにちゃんと言っとけ!」
と、感情をあらわにしたのです。そして、少しの沈黙の後、何かをあきらめた顔つきになった殿は、
「あいつは食べ物を見ると性格が変わるから、これからは極力、あいつの前には食べ物を出さないようにしよう」
そう力なく漏らすと、また、ご自分の席へとお戻りになったのでした。
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◆プロフィール アル北郷(ある・きたごう) 95年、ビートたけしに弟子入り。08年、「アキレスと亀」にて「東スポ映画大賞新人賞」受賞。現在、TBS系「新・情報7daysニュースキャスター」ブレーンなど多方面で活躍中。本連載の単行本「たけし金言集~あるいは資料として現代北野武秘語録」も絶賛発売中!