伊丹十三監督作「タンポポ」(85年、東宝)で、食にまつわる異例なシーンを演じ、鮮烈な印象を残した黒田福美(61)。同作はまさに“運命の作品”と言っても過言ではなかった。
伊丹との出会いは大河ドラマ「春の波涛」だった。黒田は端役の芸者役で、伊丹は主演・松坂慶子を愛妾にする伊藤博文を演じた。
「私は食うや食わずの俳優でしたが、監督を見た瞬間、“これはただ者ではない”というオーラに圧倒され、感銘を受けたんです」
抑え切れぬ衝動を、最後の共演日に手紙に込めた。
「見ただけでその人のすごさがわかる衝撃を受けましたという、子供のような内容です。するとその日のうちに監督が『読んだよ。今度また映画を撮るんだけど、出てくれるかい、キミ』って、いきなり」
黒田はお世辞と捉えていたが、後日、家に「タンポポ」の台本が届く。白服男の情婦役か老人の妾役かの選択肢が与えられ、それまで演じたことがない情婦を選んだ。
「情婦を選べば脱がなきゃいけないことは台本を読んでわかりましたが、当時29歳。私の俳優人生として見切りの付けどころだと思っていたし、失うものもなかった。芝居をしよう、とこそくなことは思わず、私自身をさらしていこうと思いました」
そうして演じたのは、「今でも現場スタッフに『あれはエロかった』と言われる」と絶賛され、海外でも評価された名シーン。
相手役の役所広司が黒田の乳房に塩とレモンを振り、むしゃぶりつくと、黒田は恍惚の表情を浮かべる。さらに黒田の腹の上には活きエビが乗せられ、老酒漬けにされて──。“女体盛り”の先駆けと言えよう。
「あの頃はそんな概念はなかったですしね。ト書きが数行あるだけの台本からは、まったく想像もできないシーンでした。実際には、ピチピチと跳ねるエビが痛かったですね(笑)」
さらに二人は、卵黄を6回口移し。最終的には口内で割れ、黄身が滴るとともに、黒田は果てるようにダラリと倒れるのだ。
「失敗ができないシーンでしたから、本番まで6~7回入念にリハーサルしました。あのシーンを見た女友達からは『初めて共演する人と、よくあんなことできるね! 信じられない!』と言われました(笑)」
上映後、ドラマのオファーが殺到し、映画のメイキングを担当していたプロデューサーの新番組「世界ふしぎ発見!」(TBS系)のレポーターにも抜擢された。1本の映画がきっかけで一挙に花開き、現在もコンスタントに活躍する黒田のもう一つの顔は、「親韓」。7月21日には、26年前に夢に見た、太平洋戦争で日本人として散った朝鮮人特攻兵を追ったエッセイ「夢のあとさき──帰郷祈願碑とわたし」(三五館)を上梓した。
「10年前、私財を投じて慰霊碑を建立しようとした当初は“日韓の架け橋”と好意的な評価でした。ですが反日デモ隊に二度も倒され‥‥などの現実を残しておかなければと思って、1年半仕事を休んで机に向かいました。マネージャーは『もったいない!』と言っていましたけどね(笑)」