「100回の練習より1回の舞台」
これ、殿の漫才における持論です。殿が言うには、どこまで行っても練習は練習でしかなく、練習不足だろうが、いきなり客前でやってみることが何よりであり、やってみて初めて気づくことが山ほどある、と。
で、“ウダウダ考えていないでいきなりやってみる!”といった考え方は、こと漫才以外でも同じであると殿は言います。
以前、酒席で殿は、“あらゆる雑用をこなす助監督ほど大変なものはない”と、助監督をしっかりとリスペクトしたうえで、
「本当は助監督なんて経験しないでよ、いきなり映画を撮らせたほうがいいんだけどな。映画の常識とか、つまらないしきたりなんか覚えないでよ、原石のままいきなりやらせちゃったほうがいいんだけどな」
と、“いきなりが絶対に面白い”と公言し、さらに、
「ほら、やっと歩けるようになった子供なんかによ、絵描かせたら面白い絵描くだろ? あれと同じでよ、映画もいきなり撮らせちゃったほうがよっぽど面白いもん出来ると思うけどな」
と続けたのです。
さすが、かつて「その男、凶暴につき」で、諸事情により急きょ、監督をやることになってしまった経験を持つ、殿らしい実に説得力のある意見です。ただし、
「だけど俺の映画もそんな助監督がいるから撮れてるわけであって、あんまり大きい声じゃ言えないけどな」
とも。とにかく、“何であろうといきなりやってみる。話はそれから”といった殿の持論は、時におかしな方向へも飛躍します。
「誰がどう考えたってよ、会っていきなりセックスしたほうが気持ちいいに決まってるんだから。お互いの名前も何にも知らないでヤッたほうが気持ちいいに決まってるんだから」
と、“急にどうした?”とツッコみたくなる、“オイラが思う興奮するSEX”といった話を持ち出し、その日の“たけしのいきなり論”を締めたのでした。確かに興奮はしそうですが‥‥。それはさておき、“いきなり”で思い出すのは、かつて殿から聞いたこんなエピソードです。北野映画でベッドシーンを演じることになったダンカンさんに、監督として殿が、
「緊張しないで、いつもやってるようにやればいいから」
と、アドバイスすると、本番でダンカンさんはいきなり相手役の女優の頭をムグッとつかみ、その頭を強引に股間へ持って行くと、グイグイと己の股間に女優のお顔を押しつけたそうです。それを見た殿がすぐさま「カット!」と怒鳴り、
「お前はいきなり何やってんだ!」
と、いたって常識的な理由で叱りつけると、「だって、殿がいつもどおりやれって言ったじゃないですか‥‥」と、まったく悪びれた様子もなく答えたそうです。
「バカ野郎! お前はいったい普段どんなセックスしてんだ!」
そんな監督の怒号が現場にとどろいたそうな。
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◆プロフィール アル北郷(ある・きたごう) 95年、ビートたけしに弟子入り。08年、「アキレスと亀」にて「東スポ映画大賞新人賞」受賞。現在、TBS系「新・情報7daysニュースキャスター」ブレーンなど多方面で活躍中。本連載の単行本「たけし金言集~あるいは資料として現代北野武秘語録」も絶賛発売中!