5年ぶりに自民党総裁に返り咲き、ポスト野田の最右翼と目される安倍晋三氏。その妻・昭恵さんが都内に居酒屋サロンを開業していた。「韓流好き」で「脱原発」を主張し、女将業に進出。そんな言動を夫の立場に照らし問題視する報道も飛び出す中、当の昭恵さんが、コトの真相と今の思いを語り尽くした。
─どういうきっかけで、この店(東京・神田の郷土料理居酒屋サロン「U ZU」)をやりたいと思いついたんですか?
安倍 もともと、夫の選挙区の山口県出身の若い人たちを集めて、よく食事会をしてたんです。そのうち、「ただ御飯食べてるだけじゃなくて、何かやりたいわね」みたいな話になって、どうせなら、そこに行けばいつも誰かいるサロンみたいな場所ができたらいいねという話をしていた。私は、全てそうなんですけど、何でも行き当たりばったりでいくと、何だか流れついてうまくいっていたみたいなことが多いんです(笑)。
─神田のこの場所を選んだのは、なぜ?
安倍 広い通りから奥に入って、あまり誰でも入れるところじゃないほうが逆にいいなって思いました。それと、ここは以前印刷会社で、閉鎖したその跡の入り口に、フクロウの飾りが2つついていたんです。私はミャンマーで学校を3校作っている関係でミャンマーによく行くんですが、ミャンマーでは、フクロウが幸運の神様みたいに思われているんです。
─夫の晋三さんには、どの段階で相談を?
安倍 ちょっと話が進んだ時ですね。で、許可する代わりに2つ約束させられました。私がすごい酒飲みなのがよくわかっているので「経営者が飲むような店は絶対潰れるから店では飲まない」こと。店で飲んでつい太っ腹になって、「いいよ、ごちそうしてあげる」と、お客さんみんなにごちそうしたりすると、店としては成り立たないので。もう1つは借金をして始めたので、ずっとその借金がかさむと大変なことになってしまう。「1年たっても赤字が続いてるような状態であるなら、即、やめる」と。
─それにしても、ご主人が、今回の総裁選に挑戦されると思っていましたか?
安倍 全然、思ってなかったですね。5年前に総理を辞めた時のことを思うと、相当つらかったと思うんですよ。挫折感もあったし、立ち直っていくまでの間というのも、見えないところで苦労もいろいろあったので。私としては、「またあそこに、行きたいか!?」みたいな(笑)。やっぱり男の人は違うのかなと思いましたけどね。私は、今年50歳。結婚25周年で、私の人生はここからだみたいな、何となく2年くらい前からそんなふうに思っていた。この店を始めることが、「私のここから先の扉を開けることにもなるのかな」みたいに思っていたやさきだったので「あっ、ここで(総裁選に)出ますか!」って(笑)。
─ご主人が勝つと思った?
安倍 最初の頃の世論調査では、石破(茂)さん、石原(伸晃)さん、まあ、主人は3番になるかどうかみたいなところだったんで、これはきっと出ても勝ち目はないかもしれないなって思いましたね。でも主人は、1年で病気のため総理を辞めてしまったので、自分がやろうと思っていたものができなかったという無念さというのは、あったと思うんです。でも何が何でも、権力が欲しいとかそういうことではなくて、やっぱりこの国をもっとよくしたいという気持ちでしょうね。