驚くべきことに、田中氏によれば本来、漢方薬の効能は3つしかないという。
「血流をよくする、体の中の水分調節、温度調節。これだけ」
色の三原色ではないが、このたった3つの効能がさまざまな生薬の組み合わせによって無限に広がる効能を生み出す。頭痛や肝臓病に効く薬だの、特定の病気に効く薬はないのだ。
「西洋医学で漢方薬ば使うのは、野球のボールでテニスするようなもんたい」
硬い硬球を使えばラケットも壊れるし、体に当たってケガもする。野球のボールは野球で使ってこそ有効なのだ。
では今、東洋医学と漢方薬はどう使うべきなのか。
「病名医療では、処理しきれん病気はみんな難病にする。その難病ば改善するのに利用したらよか」
「難病」と聞くとガンやパーキンソン症候群のような重い病気をイメージするが、実は糖尿病のような生活習慣病でも、あるいは花粉症でさえも、確実に症状を改善できる薬はない。うつ病のように、どこまでが病気なのか境界線が限りなく曖昧なものも数多い。
西洋医学では、こうした割り切れない病気も「難病」として片づけられがちだ。
が、こうした「難病」は、例えば花粉症で目のかゆみや鼻水を治すのではなく、体質そのものを変えていって初めて改善する、それが東洋医学である、と田中氏は言い切るのだ。そしてその体質改善は、漢方薬によって、「ある臓器」を元気にすることが肝心だ、とも。
「大事なのは腸たい。腸ば整えれば、体のバランスはよくなる」
近年、腸内細菌の集合体である腸内フローラが注目されている。その力が体の免疫力を高め、うつやアルツハイマーなどの「心の病気」の予防にまで関わってくることが明らかになっている。田中氏はこうした腸の働きに10年以上前から注目し、「腸は体の根っこ」と言い続けてきた。植物が葉や花以上に根っこが大事なように、人間の体も腸の血流、水分や温度調節がしっかりしていないと、体は弱っていろいろな病気を誘発する。
だからこそ田中氏は、まず診察の際、患者の腹を診る「腹診」を行い、そのうえで本人の腸の状態を改善しそうな漢方薬をブレンドして処方する。
「このやり方で、パニック障害やアルツハイマー、登校拒否の子供の症状も、よくしたこともあると」
「しょせん、薬は脇役。最も大事なのは、本人の体の中にある、治そうとする力たい。漢方薬には、自然治癒力を手助けする効能ばある。それと、腸の状態をいっぺんに治す薬はなか。あれやこれやするしかなかけん、そのあれやこれやのために開発された薬が漢方薬たい」
持病があるからと、一日に10種類以上も薬を飲み続けるのは信じられない。そんなことをしたら、大切な腸内フローラが薬の吸収のためにヘトヘトになり、かえって体は弱ってしまう。だから田中氏は、患者には必要最小限の漢方薬しか処方しない。
「オイ(私)が治した難病患者は、せいぜい3割。イチローの打率と変わらん」
そもそも、医師が患者の病気を100%治せるなど、最初から思っていない。田中氏にとって、それが正直なところなのである。