「おかしか。まるで漢方薬ば副作用だらけの危険な薬みたいに書かれとる」
長崎弁まる出しでこう憤るのは、長崎県諫早市在住の田中保郎医師である。怒りの原因は、今年9月の「週刊新潮」に掲載された「漢方の大嘘」という特集記事。その中の「死者まで出ている副作用事典」では、どの漢方薬でどんな副作用事故が起こったかが克明に紹介され、まるで漢方薬が「副作用の塊」のように印象づけられているのだが──。
もともと漢方薬は副作用が少ないもの、と思われてきただけに、田中氏にとってはショッキングだった。
「牛乳やソバでも、アレルギーになる人はおると。人間はひとりひとり、体質ば違う。それを、この漢方薬にはこんな副作用があるから注意せい、と薬ごとにひとまとめにして扱うのは、どうも納得しきらん」
田中氏は、もっと本来の「漢方薬」、さらにはその基盤となっている「東洋医学」について広く知ってほしいと、みずからの考えをつづった「『病名医療』で漢方薬は使うな!?」(山中伊知郎著、山中企画)を出版したばかりだ。
「そもそも、西洋医学と東洋医学では、薬そのものに対する概念が違うと」
長崎大学医学部を出て、西洋医学の医師として出発し、中年になって東洋医学に転じたからこそ、両方の違いがよくわかるという。
現在の一般的な西洋医学は、まず病名を決めて、それに合わせた治療をするというものだ。風邪ならば風邪薬を処方し、ガンなら抗ガン剤か手術か放射線治療か、と最適の治療法を選んでいく。別名、「病名医療」である。いわばレディーメイドの医療で、どんな患者にも当てはまるようなマニュアルが備わっている。ベテラン医師でも若手でも、さほど差が出ないメリットもある。だから薬も「万人共通で、みんなの病気を治す」ために使われる。
一方で、中国で生まれ、日本で改良された東洋医学は、病名よりも患者ひとりひとりの体質を重視して、体のバランスを整える。つまりオーダーメイドの医療で、医師個人の力量の差も出やすい特徴がある。だから薬も「個々人が別々で、その人の体全体が健康になる」ために使う。
「両方は別個。ところが、最近は、西洋医学の医者が、病名医療の発想のままに漢方薬ば使うけん、おかしかことになるたい」
と田中氏は嘆くのだ。
例をあげよう。多くの病院で風邪薬として処方されているのが、漢方薬の代表「葛根湯」である。
「葛根湯は体の表面の体温を上げる薬たい。じゃけん、葛根湯で肩凝りがよくなったり、頭痛が治ったりもする。別に風邪専門の薬ではなか。しかも、あくまで葛根湯ば有効なのは、喉頭などの体の表面部分で、気管支や内臓などから来る風邪の症状にはあまり効果はなか。それを、病名医療で頭が固まった医師は『風邪薬=葛根湯』とマニュアル的に処方するけん、漢方薬本来の効能を生かせん。『小柴胡湯』も本来は内臓など、体全体の温度調節をする薬なのに、臨床データで『肝炎に効く』となったとたん、『肝炎の特効薬』のように使われたあげく、体質が合わない患者たちが副作用で死ぬ事故ば起きたたい」
オーダーメイドで使うべき薬をレディーメイドで使った結果の悲劇と主張するのだ。