だが、毀誉褒貶あるにせよ、栄氏が女子レスリング界の名伯楽であることは誰もが認めるところだろう。アマチュアスポーツライターが述懐する。
「霊長類最強女子と称される吉田沙保里(35)との師弟コンビは有名ですが、それ以外にも伊調姉妹など計19人の五輪メダリストの育成に成功している。女子の指導でめきめき実力を発揮し、現在は会長、副会長に次ぐ強化本部長というナンバー3の権力を握っています」
その指導法も独特だ。
「栄監督の優れた点は女子選手でも一切妥協しないことです。自分が納得するまでは日付が変わるまで練習するほど選手を追い込みます。もちろん殴る蹴るは当たり前で、かつて、吉田が山本聖子に逆転負けを食らった試合では、マットから降りた瞬間にビンタを食らわせたのは有名な話。本人も武勇伝にしているほどです。次の試合で負けた伊調も同様に監督の蹴りを食らっていました」(前出・スポーツライター)
公然の体罰を受けても当時は栄氏の指導に追従していた2人だが、吉田がその後も師弟関係を続けたのに対し、伊調は栄氏と距離を置くようになる。
「伊調が栄監督と袂を分かったのは2人のプレースタイルの違いが影響しています。みずから『最強の技はタックル』と語るように、吉田のレスリングは代名詞の高速タックルでの攻めのスタイル。これは栄監督の指導法にも合致します。これに対し、伊調は正反対のスタイル。鉄壁の守りを続け、最後に相手の崩れるのを待つ守備型です。また、栄監督はここでズバッと飛び込むなど長嶋流の感覚的な指導法なので、天才肌の吉田は瞬時に理解できたようですが、理論派の伊調が理解できなかったのも無理はない」(前出・スポーツライター)
伊調がさらなる高みを目指すべく、別の指導者を求めたのもむべなるかな。
「少なくとも2つ目の金を取った08年の北京までは、2人の間で衝突は起こっていなかった。問題が表面化したのは、その翌年に伊調選手が栄氏のもとを離れ、東京で一人暮らしを始めて以降で、自衛隊や警視庁、都内の大学で男子選手を相手に出稽古を始めてからパワハラが始まったようです」(スポーツ紙デスク)
その後、伊調の指導に当たったのが、先の田南部コーチだった。告発状ではこの田南部氏にもパワハラが及んだことが明かされている。
「アテネ五輪銅メダリストの田南部コーチは論理的な指導法で選手からの信頼も厚い。しかし、男子コーチであるにもかかわらず伊調に首ったけで、ロンドン五輪の練習会場では、専属トレーナーのように伊調とじゃれていたことを協会が問題視し、厳しく注意したといいます。レスリング界ではスパーリング後は男女問わず相手をマッサージするのが普通の光景なのですが‥‥」(前出・スポーツ紙デスク)
このあと、田南部コーチはリオの強化コーチから外されている。
「そもそも、レスリングは接触の激しい競技だけにセクハラの温床であると言っても過言ではありません。女子選手とはいえ、コーチに股ぐらをつかまれるなど当たり前。当の選手がそれをセクハラと受けるかどうかの問題です。特に栄監督はボキャブラリーの多いタイプではなく、ボディタッチの傾向が強いので、それを嫌う選手も少なくない。ましてや栄監督は自分が指導した10歳年下の女子選手と結婚。離婚後に今度は19歳年下の選手と再婚している。2度のお手つきをしている栄監督を伊調が生理的に受け付けなかったとしても不思議はありません」(前出・スポーツ紙デスク)
はたして、自分よりも年下のコーチを外したのは栄氏のやっかみだったのだろうか。
「伊調は協会に『田南部さんをコーチに戻して』と直訴したが、最後まで聞き入れられませんでした。確かに強くなるために男子とスパーリングばかりして、女子との練習にほとんど参加しない伊調は、わがままな異端児と映るかもしれません。その孤高なまでにレスリングを求道する姿はまるで隆盛を極めるモンゴル力士の中でも、モンゴル互助会とくみせず、師匠貴乃花親方とガチンコ相撲を求道する貴ノ岩とダブります」(前出・スポーツ紙デスク)