金本阪神が本拠地甲子園球場で宿敵・巨人に3連敗を喫した。これで、東京ドームでの開幕カードから数えて、「対巨人5連敗」。今年は“あの伝説の日”を無事に勝利して乗り切っていただけに、チーム関係者のショックも大きそうだ。
伝説の日とは4月18日。1985年のこの日、3番バース、4番掛布、5番岡田によるバックスクリーン3連発の伝説が生まれたのだ。この年は、その勢いのまま、ペナントレースも優勝し、日本一にも輝いている。
「今の阪神は、当時、まだ生まれていない世代が主力になっています。でも、この時期になると必ずと言っていいほど、関西の各メディアが報じるので、この伝説の日を知らない選手はいません」(在阪記者)
しかし、この日は伝説であると同時に、鬼門ともなっていた。過去10年の同日の勝率だが、試合の組まれていない年もあるものの、2勝しか挙げていない。優勝した2005年も負けている。
「金本(知憲)監督は『伝説の日』を意識していたようです。今年は星野仙一氏が亡くなり、故人の指揮官時代のエピソードや球団の過去の話なども報じられています。故人をまねて、メディアを介して選手を褒めたり、苦言を呈するなど今までにはない言動も見られていましたからね」(前出・在阪記者)
見方を変えれば、この伝説でもあり鬼門である日に勝てば、金本阪神は勢いづくとも言える。だが、伝説超えでドッと疲れてしまったのか、本拠地3連敗を喫したのが次カードの巨人戦だった。
「巨人3連戦後の23日は、投手陣だけの軽めの練習を予定していたんですが、金本監督はあまりの不甲斐なさに激昂し、全員参加の猛練習に変更されました」(関係者)
今年の伝説の日の勝因は、メッセンジャーの好投によるもの。「85年=バース、2018年=メッセ」と、助っ人頼みという状況を打破しなければ、新たな伝統は生まれそうにない。休日を猛練習に変更させたのは、85年に勝利した巨人。ヘンな巡り合わせである。
(スポーツライター・飯山満)