警察庁の調べでは、振り込め詐欺などの特殊詐欺の被害総額が昨年だけで約390億円に上る。キャッチしたのは、決して表ざたにならない「振り込め詐欺」の闇実態だ。驚くことに、詐欺師の標的は現役の極道。不敵にも組事務所に電話をかけ、彼らの心理につけ込み大金をダマし取る驚愕の手口とは。
ここは広域組織三次団体が組事務所を構える都内雑居ビルの一室。今日も当番の若者4人が、掃除、お茶くみ、監視カメラのチェックなど、24時間体制で雑務に追われている。
その時、事務所に置かれている固定電話が鳴った。
「はい、○○○会○○○組本部」
電話番をしていた組員がルールに従い1コールで取ると、受話器の向こうから野太い声が聞こえてくる。
「ああ、○○○組で本部長しているAという者です。おたくの親分の○○さんとは古いつきあいでしてね」
老舗組織の幹部を名乗る男は、実在する組長の名をあげて自己紹介を済ませると、さっそく本題へと入った。電話当番の若者は、一言一句も聞き漏らすまいと懸命にメモを取り始める。
「うちが面倒を見ている風俗店が東京に系列店を出すことになりまして。調べたらおたくのシマのようでして、きっちりショバ代は納めさせますので、そちらの組で面倒を見ていただけないかという相談でして」
近年は暴排条例の締めつけ強化などで、ヤクザのシノギは枯渇する一方だ。かつての得意客だったスナックや雀荘には《暴力団お断り》のステッカーが貼られ、ミカジメを要求しようものなら、恐喝の罪で逮捕されるのは目に見えている。この「冬の時代」に、シノギが舞い込んでくるとは‥‥。半年足らずの新入りでも、ウマイ話だということはすぐに理解できた。
「それでは、うちの者からあらためて連絡させていただきます。連絡先をいただけますでしょうか」
電話番はAの携帯番号を聞いて受話器を置いた。そのあと、Aがいるという老舗組織の事務所に電話をかけ、「在籍確認」をする。
「はい、そのAというのは確かにうちの人間です」
これでAの身元は確認できた。以降、Aからちょくちょく組事務所に連絡が入り、「それでは近いうちに──」と、風俗店のオーナーを含めた三者で会う段取りをつけた。
そして面会が迫ったある日、Aからこんな電話が入ったのだ。
「実は、風俗店のオーナーが東北で新しい店をオープンさせることになっておりまして。自分もすっかり忘れておりました。そこでご相談なんですが、花だけでもつきあってもらえませんでしょうか」
相手の言うことは一理ある。顔合わせをする前に、花でも贈っておけば交渉事はスムーズに運ぶ。Aはさらに続けた。
「お花なんですが、2万、3万、5万とあるんですが、どうしましょうか?」
ここで対応を誤れば、組織のメンツを潰しかねない。電話番の男は当番責任者に相談したうえで、
「それでは5万のやつで。2つお願いできますか」
その組織は「花代」として10万円を指定された口座に振り込む。風俗店のケツモチの相場は月5万円。2カ月で回収できる計算だ。しかしその後、Aとはいっさい連絡がつかなくなってしまった。
業を煮やし、くだんの老舗組織に連絡し、A本人に取り次いでもらうと‥‥、
「はぁ、風俗? 何ですか、それは?」
聞こえてきたのは、あの“詐欺師”とはまったく別人の声だった──。
以上が、ヤクザ社会で猛威を振るう振り込め詐欺のおおまかな流れだ。