「よー! 窓開けてくれ!くせ~。自分の屁がとどまっちまった」
東京が36度を超えた灼熱の午後、ドイツ産の最高級サルーンの後部座席に鎮座し、某テレビ局に向かっていた殿は、やや懇願気味に、ハンドルを握る運転手に冒頭の言葉を炸裂させたそうです。「そうです」と書いたのは、このエピソードは運転手からのタレコミ情報だからであり、わたくしはその場に居合わせていませんでした。
ただ、殿の屁が恐ろしく臭いのは、わたくしもよく存じ上げています。
あれは、殿の運転手を務めていた20年程前の、映画「HANA-BI」撮影期間中のこと。
朝一、殿をお乗せし、その日の撮影現場へと向かう車中、殿はいつもどおりに、何の予告もなしに「ぷ~」っと、一発屁をおこきになったのです。
静まり返った車中に響く「ぷ~」といったマヌケなサウンド。そして、その後に襲ってきた、普段より各段にレベルの高い猛烈な刺激臭。いつもなら、何事もなかったように運転に集中し、ノーリアクションで殿の屁をやり過ごすのですが、この日の屁はとにかく臭く、尋常でない悪臭を放っていたため、わたくし、つい、「うっ‥‥」と声を漏らした後、何だか笑えてきてしまい、ハンドルを握りながらも、少しばかり肩を揺らし、ニヤニヤと笑みを浮かべてしまったのです。
そんな“師匠の屁にニヤける弟子”を、後部座席から確認した殿は、
「おい、お前、何笑ってんだよ。失礼だろ」
と、冗談半分、本気半分といったトーンで、まずはツッコんでくると、
「お前、師匠が屁をしたら、弟子は嗅がせてくださいって申し出るのが普通だろう。師匠の屁を笑うなんて、世が世なら切腹もんだぞ」
と、ニヤニヤしながら、屁に対する持論を軽くまくしたてたのでした。しかし、世が世なら切腹って! 実に殿らしい言い回しです。
で、この日の殿の屁を分析すると、わたくし、前日に殿からうな重を御馳走になっていたため、〈この屁の臭いは、昨日のあの高級うな重の成分だな〉といった当然の結論に達し、どうしても笑いをこらえられなかったのです。
とにかく、殿の車中での屁はありふれた日常であり、確率的に、5発に1発ぐらいは、とんでもなく刺激の強い臭いを放つものと、相場が決まっています。ですから、運転手はそのたびに、〈ムムム、これは昨日のスッポンの臭いだな〉と、分析しては、なるべく気づかれぬようニヤニヤするのが日常だったりします。
そんな殿の“刺激臭の強い屁”のせいか、一度など、殿が屁をおこきになった後、常に24度に設定された、それまで静かだった車内のオートエアコンが即座に反応し、「ブ~~~ン」と、強い風を送風口から吐き出してきて、わたくし、そして後部座席の殿までもつい、「プハッ!」と、笑い声を漏らしてしまったのも、今となっては良い思い出です。はい。
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◆プロフィール アル北郷(ある・きたごう) 95年、ビートたけしに弟子入り。08年、「アキレスと亀」にて「東スポ映画大賞新人賞」受賞。現在、TBS系「新・情報7daysニュースキャスター」ブレーンなど多方面で活躍中。本連載の単行本「たけし金言集~あるいは資料として現代北野武秘語録」も絶賛発売中!