富山の立山連峰にはツキノワグマが数多く生息している。この熊の胆のうを乾燥させた、通称「クマノイ」は古くから妙薬ともてはやされた。日本の伝統薬に詳しく「妙薬探訪」(徳間文庫)の著書もある医療ジャーナリストの笹川伸雄氏がこう説明する。
「古来から、ギリシャで“万能薬”として使われていました。それがシルクロードを渡って中国へ運ばれて『熊胆』と呼ばれるようになり、日本には奈良時代、遣唐使によって伝わったと言われています。庶民に広がったのは江戸時代に入ってから。江戸の医者・後藤艮山(こんざん)が丸薬として製造し難病の治療に用い、その抜群の効果から、江戸での人気が沸騰しました」
しかし、熊の胆のうは1頭から1個しか取れない希少品。庶民には高嶺の花だった。大名や豪商が競うように買い求めたことで、まがい物やその作り方までもが出回るほどだった。
「町人学者の木村孔恭(こうきょう)の著と言われている『日本山海名産図会』は、漁法ならびに食品の製造法を著した全5巻の書。この中に、植物を用いたニセの熊胆の作り方が記されています」(笹川氏)
熊胆の主成分は「ウルソデオキシコール酸」。消化機能や肝機能を改善したり、胆汁の分泌を促進する利胆薬などとして幅広く使用されていたが、最近では、C型肝炎の治療にも効果を発揮している。
しかし現在、ワシントン条約により、たとえ手土産でも、熊の胆のう成分を含んだ製品は輸入が禁止されている。国内での熊の捕獲量には限りがある。それゆえ、薬事法でも希少な熊胆の代替品として他の動物胆(牛など)の使用を認め、パッケージに熊の絵の使用も認めている。その希少な熊胆を使用しているのが、富山市の製薬会社キョクトウの「複方熊胆円」だ。「複方」とは、「熊胆」と「牛胆」の2種を含有する意。消化器系全体の働きを活発にするとあって、サラリーマンには二日酔い対策に利用されることが多いようだ。
富山のお隣、信州もまた伝統薬の本場と言える。御嶽山に集う修験者が創製したというものに、キハダ(オウバク)を原料とした「百草丸」がある。かつては長野県内の多くのメーカーが作っていたが、今では木祖村の日野製薬、王滝村の長野県製薬など、数社のみになってしまった。
信州を代表する名所といえば善光寺。天文12年(1543)の創業以来、参拝客に長らく好評を博してきたのが、笠原十兵衛薬局の「雲切目薬」だ。発売当初は軟膏状で、刀傷、擦り傷、咳止め、痔など何にでも使われた万能薬だった。
十八代店主の笠原久美子氏が伝承する。
「目につけると目を開けていられないくらい染みて涙が出ました。しかしそのあと“雲が切れるように”すっきり。明治時代からは蒸留水で何倍にも溶かして、なるべく染みない目薬を目指したのですが、まだまだものすごく染みる。この薬だけで白内障が治った人もいて、特効薬と言われました」
しかし、昭和の時代に入って薬事法が改正されると、この「元祖雲切目薬」は製造中止に追い込まれる。復活したのは平成10年(1998)、長野オリンピックの年だった。
「オウバクを主成分にした、新しい『雲切目薬』を開発しました。健康な目には染みませんが、炎症等の症状を持つ人には染みると思います。染みるうちは使い、染みなくなったら治ったということですね」(笠原氏)
パソコンやスマホによる疲れ目にも効くと評判だ。