慢性的な食料不足と飢餓が伝えられる北朝鮮で、おぞましすぎる「共食い」事件が発生。本誌は「実体験者」を直撃し、困窮する人民の断末魔に迫った。
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そのレポートは衝撃を極めた。潜入取材などで北朝鮮の悲惨な実態を伝えているアジアプレスが先頃、「黄海道両道における飢饉と食料状況の報告」と題する調査結果を公表し、飢えた人民による「人肉喰い」現場を告発したのだ。
韓国と国境を接し、黄海北道と南道からなる黄海道は、米、トウモロコシ、ジャガイモなどが生産されている北朝鮮随一の穀倉地帯。昨年、この一帯で餓死者が急増した。アジアプレス共同代表でジャーナリストの石丸次郎氏は言う。
「そもそも北朝鮮で人肉を食べる事件が起きたのは90年代、とりわけ94年から98年にかけてが最もひどかった。朝鮮民族最大の悲劇と言われた大飢饉が起こり、飢える民衆が大量発生したからです。人肉事件で最も多かったのは、豚肉と偽って流通させていた事例でした。飢えで錯乱状態になった人が死体から肉を切り取って食べたり、殺して食べたりという事件も発生していた。ただ、それも2000年代になってほとんど聞かれなくなりました。配給制度の破綻後、商売行為によって自力で食べられる人が増えたためです」
実は当時、小社も「飢餓と絶望の国 北朝鮮人喰い収容所」(黄万有・著)と題する書籍を出版、実際にあったさまざまな人喰い事件を紹介している。
ところが昨年、黄海道で15年ぶりに事件が明るみに出た。石丸氏が続ける。
「穀倉地帯の生産者が飢える原因は、昨年1月から5月にかけて、軍隊と平壌市民への配給食糧を、生産者たる農民から権力が組織的にゴッソリと、根こそぎ強奪していったからです」
すなわち金正恩新体制を維持するための「軍糧米」などの搾取である。アジアプレスの報告書によれば、空腹に耐えかねた人民の様子を、黄海南道農村幹部はこう訴えている。
「私の村では、5月に子供2人を殺して食べようとした父親が銃殺になりました。妻が商売で留守の間に長女に手を出したのですが、息子に目撃されたため、一緒に殺したのです。家に戻ってきた妻に『肉がある』と勧めたのですが、子供の姿が見えないことをいぶかしんだ母親が翌日、保安部(警察)に通報すると、軒下から子供たちの遺体の一部が見つかったそうです」
祖父が死んだ孫の墓を掘り起こして食べたり、殺した人の肉を豚肉として流通させる事件もあったという。
本誌はすでに脱北して韓国に住む、人肉喰いを経験した人物と連絡を取った。
「家の周りに餓死者がいっぱい転がっていた。それを目をつぶって拾い、解体して大きな釜で茹でた。塩もろくにない状態だったけど、味噌と唐辛子で濃く味付けしたよ。食べるのは主にお尻と太腿の肉。あんまり腹が減ると幻覚が見えて、何がなんだかわからなくなる。なぜあんなことをしたのか、今ではさっぱりわからない」
人肉喰いを摘発する側だった元軍部の男性も、
「あの悲惨な現実を目の前にすると、『もう二度とするな』としか言えなかった。見つかった人は逃げもせず、その場にしゃがみ込んでただ泣いていた。私は慰めるしかなかった」
そして、人肉喰いを告白した先の脱北住民はこう嘆くのだ。
「北のことは何もかも忘れたい。あんなところがなぜ国として存在しているのか、理解できない」
前出・石丸氏は言う。
「昨秋の収穫分が4、5月には底をついてしまう。その時期がまた要注意です」