「30過ぎて親を許せないヤツはバカだ!」
以前、殿がこんなことを言っていたことがありました。
わたくし、母が3回ほど離婚をし、けして裕福な家庭で育ったわけではありませんが、基本、甘やかされて育ったため、親への憎しみや確執といったものがまったく理解できません。ですから、冒頭の言葉を聞いた時、〈世の中には何かしらの理由で、親を拒絶するような人がいるんだな〉と、少しばかり驚いたことをよく覚えています。
ちなみに弟子になりたての頃、「母は離婚3回、姉も2回、僕自身も高校中退です」といった話をしたところ、殿から、
「お前、芸人としちゃ、ずいぶんエリートだな。うらやましいヤツだな」
と、いたく感心されたことがありました。さらにちなみに「芸人を目指すうえでの環境」ということでは、
「昔は学校を辞めて、ドロップアウトして芸人になったもんだけど、今は学校(各事務所が経営するお笑い養成学校のこと)に入って金払ってお笑いやろうっていうんだから、まー、ずいぶんと変わったよ」
と、殿は一時期よく不思議がっていたことがありました。さらに脱線ついでにもう一つ。「離婚したわたくしの父が昔、仕事でよく韓国へ行っていた」といった話を殿にしたところ、その話はアレヨアレヨという間に尾ひれがつき、
「俺の弟子に北郷ってのがいるんだけど、そいつの家族は命からがら、北朝鮮から逃げてきた脱北者なんだ。だから、そいつの作るキムチ鍋はやたらうまいんだ」
と、殿が周囲に誇らしげに語っていたことがありました。わたくしの“脱北疑惑”はさておき、殿が親を語る時、それは母・さきさんのことがほとんどです。「殿とさきさん」と聞いて、わたくしがまず思い浮かべるのは、以前、殿から聞いたこんなエピソードです。
殿が大学を辞め、さきさんとケンカして家を出て、目白に風呂なしアパートの部屋を借りて住み出した頃、すぐに家賃が払えなくなり半年程滞納。大家さんに会わぬよう逃げ回っていたある日、夜中そーっと部屋に戻ると、そこには大家さんがいて、対面してしまった殿が「すいません。家賃なら次のバイト料が入ったらすぐ払いますから」と苦しい言い訳をすると、大家さんから「北野君、どこの世界に家賃を半年も溜めて居させてくれる大家がいるの? 北野君の家賃はね、北野君のお母さんが『うちの子は絶対、お金なんか払えなくなるから、もし家賃が払えなくなったら、私に請求してください』って、北野君が入った3日後には言いに来て、今までの家賃はお母さんが払ってるのよ」と説明を受けたといいます。この時のことを殿は、
「さすがにガーンってなってな。あ~俺は一生、母ちゃんにはかなわないんだなって、しみじみ思ったよ」
と。ちなみに、わたくしも15年程前、殿にまるまる2年間、家賃を払ってもらっていた過去があります。その話はまた──。
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◆プロフィール アル北郷(ある・きたごう) 95年、ビートたけしに弟子入り。08年、「アキレスと亀」にて「東スポ映画大賞新人賞」受賞。現在、TBS系「新・情報7daysニュースキャスター」ブレーンなど多方面で活躍中。本連載の単行本「たけし金言集~あるいは資料として現代北野武秘語録」も絶賛発売中!