企業における番狂わせといえば、年功や学歴を飛び越えて人材を登用する“抜擢人事”だろう。漫画「島耕作」シリーズのような、周囲が「アッ!」と驚いた大企業の人事を経営評論家の小宮和行氏が解説する。
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抜擢人事が実施される背景には3つの理由があります。1つ目は抜擢する人材の「リーダーシップに期待する」こと。経営方針を大幅に転換する荒療治を行う際、リーダーには部下を牽引する吸引力が必要とされます。
2つ目の理由は、「専門性を高く評価したから」。現代社会は日進月歩で技術が進化します。グローバル化も進んでいるため、世界に通用する専門性を持つ人材が重宝されるわけです。
3つ目の理由は「縁の下の力持ち的な努力を評価したから」。出世するためには派手なパフォーマンスが必須と思われがちですが、地味に努力する姿を見て、評価をする上司はいるのです。
この3つに当てはまり、かつ世間に衝撃を与えたのが、77年に松下電器産業(現・パナソニック)の社長に就任した山下俊彦氏。当時の社長、松下幸之助氏の名参謀、専務の高橋荒太郎氏が山下氏をプッシュして決まりましたが、取締役26名中序列25番目にいた山下氏の出世は当時、“山下跳び”と呼ばれ世間をにぎわせました。
山下氏は気難しい人で知られ、私もインタビューでは苦戦しました。1時間中、40分以上無言。私が周辺取材で得た情報を全てぶつけると、最後の10分で突然、「よく調べてきたね」としゃべり始め、次の予定をキャンセルしてまで話をしてくれたことを覚えています。
この人事を先に述べると他は全て小粒に見えてしまいますが(笑)、今年6月にキッコーマンが2代続けて非同族系の人材の堀切功章氏を社長に起用したケースも斬新な抜擢。同社は茂木・高梨・堀切の3家が合同で設立した同族経営ですが、非同族でリーダーシップを取れる人材を社長に据えて同族経営からの脱却を図った可能性があります。同社は一昔前にお家騒動に近い内紛の過去があり、その轍を踏まぬよう「財界論客」で名高い智将の茂木友三郎現名誉会長の判断でしょう。
今年4月、「10年に1人の大物次官」と呼ばれた財務省・前事務次官の勝栄二郎氏が、インターネットイニシアティブの社長兼最高執行責任者に就任したことも話題になりました。政界の裏側で大臣らを操っているのは、実は勝氏のような官僚たち。大物官僚起用の意外な抜擢人事は憶測を呼びました。
抜擢人事の裏側には時として前任社長のゆがんだ思惑が働き、人事権を放さず、“院政支配”する悪だくみも露見します。一般的な幹部からいきなり社長に抜擢された当人も内心困惑して前任者に頭が上がらず、ついには“裸の王様”化した事例は枚挙にいとまがありません。