奔放ぶりは、エロ語録という形でも姿を見せた。
「渡との交際前後に『キスの味も知ってます。嫉妬も覚えました』『二十いくつにもなって処女のはずがないでしょ』と言っていた。それでも岡田氏との結婚式では、サユリストのマスコミが『まだプラトニックですか』などと質問して『お答えできません』とコメントしています」(中平氏)
服装で示したこともあった。中平氏が続ける。
「五木寛之氏との対談に『秋霜烈日(しゅうそうれつじつ)なことを言われたから、今回はこういう格好をしてきました』と、胸元パックリの洋服で現れた。以前の対談で、自分のイメージを守ってばかりいる、というようなことを言われたそうで。化粧は濃く、眉も細く、けばけばしくなっていたのですが、『私だって女としてこういう面もあるのよ』というあがきなのでしょう」
こうした多情な奔放素顔を取り戻し、固定されたイメージから脱却すべき‥‥それが中平氏の思いである。
「一時期は『天国の駅』(84年・東映)や『女ざかり』(94年・松竹)といったすばらしい作品があったけど、近年はワクワク、ドキドキ、意外性が何もない。それで満足しているとは『裸の女王様』です。『忍ぶ川』で脱皮し損ねて、一度ダメになった経験があるのに‥‥」
熊井啓監督による「忍ぶ川」には当初、こんな脚本が用意されていた。
〈志乃の豊かな乳房が、哲郎の胸に合わされる。哲郎に口づけをする志乃。哲郎はその志乃を抱きしめる。若木のようにしなやかで生き生きとした志乃の肉体に、触れるたびに増していく新鮮な感動。触れ合う肌の暖かみは、いつか炎の熱さと化している。哲郎は志乃を抱き伏せる〉
熊井監督が「本編の最も重要なシーン」と述懐する、初夜のくだりである。
22歳の吉永自身は清純派路線からの脱皮を試みるつもりだったが、父親が「娘を裸にしてはダメだ」と猛反対。初夜シーンの全カットを要求し、熊井監督に「これじゃ検閲じゃないですか」と言わせ、映画は頓挫した。吉永は父親に従ってしまったのだ。
「青春の門」(75年・東宝)では衝撃の自慰シーンが話題になったが、原作者の五木寛之氏が「吉永さんは何で脱がなかったんでしょうね」とコメント。
「一説には、マネジャーが『(結婚後)乳首が荒れているから出せません』と言ったとか」(中平氏)
今回の取材後、中平氏は「小百合へのメッセージ」と題するこんな文章を寄せてきた。「これで最後‥‥というつもり」と添えて。
〈二度目に我が家に来訪時、「私はまみサンよりもしたたか」と言った貴女は周囲が過剰包装、過保護、過介入、過干渉し、かえってスポイルされていると思います。「前だけ見ていたい」「後を振り返るのは好きじゃない」そうですが、これまでの実績を、凡作での貴女しか知らない人たちに知らしめ、先導役である映画スタアというものの真価を広く深く大きく知らしめるのは、子供の頃から映画館の暗闇で育った私の務めでもあると信じています。「奥の院」にひっそり納まらず、貴女の本領であった天衣無縫、自由奔放とおきゃんな部分を取り戻し、本当の復活を! と私はまだまだ諦め切れないのですよ。この原稿が耳に目に入ったならば旧交を甦らせ、ガラリと一新した本当の吉永小百合像を見せて下さい〉