膨大なビッグデータを活用して競馬の予想をしていたA氏は、具体的にどのような馬券を買っていたのか。
前出・後藤氏によれば、
「A氏の狙いはオッズ5~7番人気の馬だったようです。また、穴馬を見つけた場合、普通は総流しをかけたくなりますが、A氏は購入馬を予想ソフトで得点の高い5~6頭にしぼり、馬連や馬単など複数の買い方をしていたのです」
また、購入金額が大きくなると、オッズの倍率によっては保険をかけたくなるのも当然だろう。例えば10万円を投入する場合、オッズ10倍の馬券を8万円買ったあと、残金の2万円でオッズ5倍の馬券を押さえたくなる。しかし、A氏はこうした「保険馬券」をほとんど買っていないということが裁判の中で明らかになっている。長期的に収支を安定させることを目的としたためだ。
A氏は枠連を除くほとんどの馬券を買っていたが、その買い方自体にもさまざまなくふうが施されている。前出・奥野氏が語る。
「馬単で、断然の人気馬を1着固定で流しても馬連と配当が変わらず、買い方によっては妙味がありません。逆に人気薄から人気馬の、いわゆる“ウラ目”買いは、同じ組み合わせの馬連の3~4倍になることもあります」
史上6頭目のクラシック3冠を果たしたディープインパクトを例にしてみよう。05年のダービーでの勝利では、馬連540円に対し馬単590円。同年の菊花賞も馬連1290円、馬単は1320円と大差がなかった。しかし、馬単の組み合わせ総数は馬連の2倍である。万が一を考えたとしても、わざわざ馬単まで買うのは不合理であろう。
一方、生涯唯一2着となった05年の有馬記念では、馬連750円に対して馬単3320円と、配当に実に4倍以上もの開きが生じている。
こうした配当の差を突いて資金を投入し回収率をアップさせていたのである。判決主文には、〈馬単、馬連等の馬券の種類ごとに、ユーザー得点が何点以上であれば回収率が100パーセントを超え馬券の購入費用を超える金額の払戻金が得られる見込みが高いのかを、過去のデータに基づいて検証した〉とあるように、馬単では裏目のみを買うなど、高配当馬券に限定した買い方をしていたようだ。
また、目標額を定めてオッズごとに配分していたのも特徴だ。
例えば的中配当を300万円と決めた場合、100倍を3万円、1万倍を300円といった具合に買っていた。〈高倍率のオッズの馬券は的中するか否かに全体の成績が大きく左右されることのないよう、収支を安定させるため〉(判決主文)だったという。
他にも新馬戦と障害戦を除く全レースを買っていたA氏だが、売り上げの少ない午前中のレースで購入金額を大きくすると、自分の投票がオッズを下げてしまう可能性がある。全体の売り上げを計算して、賭け金を抑える仕組みまで導入していたという。
こうして見ると、A氏のように馬券で儲けるには、いくつかの条件が必要となることがわかる。
まず必要なのは、競馬における膨大なデータだ。馬券の控除率、馬券ごとの特性、馬場・コース設計など予想ファクターを縦横無尽に駆使している。加えて、ソフトをカスタマイズするだけのデータベースや統計的な知識も要求される。単なるギャンブルマニアのレベルでないことだけは確かだ。
この判決が出て以来、同様の手法をまねようとする人も増えていると聞くが、A氏が利益を得られたのは、誰にも知られず購入システムを開発したからに他ならない。前出・奥野氏が言う。
「馬券は競馬ファン同士のお金の奪い合いです。同じ手法の人が増えれば、必勝法も必勝法ではなくなるのです」
A氏の07~09年の3年間の回収率は104%。これほどの知識や実践力があっても、競馬で儲けるのは至難の業ではあるのだ。