この悲惨な被爆体験を世界中の人々に知ってもらいたい。そんな思いから「はだしのゲン」は20カ国語に翻訳され、世界的ベストセラーとなっている。だが、それぞれの国で、受け止め方や解釈は大きく異なるのだ。
英語をはじめ、ロシア語、フランス語、ドイツ語、オランダ語、スペイン語、ペルシャ語、トルコ語、タイ語、韓国語、中国語‥‥と、各言語圏では国民性や歴史、風土ごとに独自の視点がある。ノンフィクション作家のベンジャミン・フルフォード氏が解説する。
「戦争から70年近くが経過していることで、敗戦国の考えも知らしめてよい、そして勝ったほうの犯罪も取り上げたほうがいいのでは、との認識が世界的に広まっている。だから各国で翻訳され、読まれるのです」
では、原爆を投下した当事者たるアメリカ人の反応から見ていこう。フルフォード氏が続ける。
「アメリカには『Mouse』という、ネズミとネコに例えてホロコーストを描いた有名な漫画があります。ネズミが強制収容所にいる捕虜、ネコがガードマン。この作者が『はだしのゲン』を英語版に翻訳しました。アメリカでかなり読まれているのには、そういう要因もあるのです」
結果、アメリカ人は原爆の悲惨さを認めるようになったという。ジャーナリスト・中尾幸司氏によれば、
「アメリカにはバイブルベルトと呼ばれる地帯に住むキリスト教原理主義者が3割ほどいますが、彼らは原爆の影響などに関心はなく、世界=アメリカだという考えです。原爆投下は必要な攻撃だったと教育されており、それに疑いを持ちません。アメリカで原爆の事実が伝わること自体、すごいことだと思います」
例えばこんな感じだ。ある保険代理店オーナーは、
「この漫画を読むまで、私は罪のない人々の苦しみを理解していませんでした。これは、小学校や高校で学び語ったことではありませんでした」
小学校から大学まで、全米2000以上の学校で「はだしのゲン」が教材として使用されているという。
海軍基地のそばに住む男性も、
「実際にこれを読んだ時、自分の家がどのように倒れるのかを想像した。この作品には個人的な体験や苦しみが具体的に描かれている。そういった個人の体験こそが人を変えると思う」
と共感を持つのだ。
「ドイツではシュピーゲル誌が『戦争はむごい。残酷以外の方法でどうやって戦争を表現できるのか』と論じています」(前出・フルフォード氏)
松江市が問題にした“残酷な表現”に肯定的なのだ。
では、全10巻3万セットが売れたという隣の韓国はどうか。韓国の漫画家はこう答えた。
「3万セット、全部で30万部も売れたら大変なことだよ。ただ、首をちょん切るなどの残酷シーンは修整する。韓国では漫画家協会が倫理委員会を作り、独自に自主規制しているからだ。刀だって50センチ以上の長さのものは描くのもダメ。ましてや人間が斬られているシーンなど、首でなくともNGだ。死体は描いてもいいが、殺して血がバーッと出るシーンはダメだから」
そしてさる韓国メディアのジャーナリストは言う。
「天皇批判のくだりでは『第二次世界大戦で日本人が300万人以上死んだ』とありますよね。実はそのうち200万人以上は敗戦前の1年間で死んでいる。もし1年前に天皇が戦争を止めていたら、200万人以上が殺されずに済んだんじゃないですか。だから天皇は日本の国民に『悪かった』と謝らないといけない。そういう意味で、漫画の中身は正しいと思います」
中国メディアはおしなべて今回の騒動経過を淡々と報じているが、人民日報は次のように批判的に論じた。
〈漫画は原爆のひどさを伝えているが、日本人は原爆による災難と教訓をだんだん忘れかけているようだ。そして日本の歴史における加害者としての歴史を忘れ、害を受けたことを漫画によって強調し始めている〉
ただ、この漫画の存在を知る中国国民は多くなく、反応も乏しいのだとか。中国事情に詳しいジャーナリスト・西村幸祐氏は言う。
「原爆の悲惨さが描かれているので、逆に日本人がかわいそう、となってしまうから。そもそも後半部分の残虐シーン(日本兵による中国人斬首など)はむしろ、中国共産党が言っていることが描かれており、国民にはすでに織り込み済みですから、何らインパクトはないんですよ」