まだ10代の高校生が、将棋世界の頂点を目指して歩み始めた。誰よりも早く栄光をつかむべく並走するのが、鍛錬のためのコンピューターである。時代の申し子は現代っ子らしい方法論で駆け抜けるのだった。
藤井聡太棋聖(18)、二冠目戴冠まであと1勝──。これが最新の状況である。木村一基王位(47)に挑戦している王位戦七番勝負で、無敗のまま8月5日に3勝目を挙げた。
「千駄ヶ谷の受け師」の異名を持つ木村王位相手に、「土居矢倉」の構えから終始、藤井攻勢の将棋だった。終盤に勝ちを逃す手を指し、このままでは木村玉は逃げ去ってしまう緊迫局面が出現したが、木村王位は咎(とが)めることはできずに敗戦。観戦していた豊川孝弘七段(53)が振り返る。
「残り時間が少なすぎると、藤井さんでも読み間違えることがわかりました」
豊川七段はあのデビュー29連勝の2戦目で藤井棋聖(当時四段)と対戦、これまでに計3回対局している。
「藤井棋聖は『勝ち方』がうまいです。優勢になって楽に勝っているように見えるけれど、そうではない。そこのカラクリがわからないから『センスがいい』と曖昧な言葉で表現しちゃうんです」(豊川七段)
自分が対戦した時よりも、今のほうが格段に強くなっているという。
「将棋棋士の10代は伸び盛りですから。布団に入れば強くなる。負けた夢を見るんです。詰みを逃した場面を夢で見る。そうして、寝ながらも勉強しますから、一晩寝るごとに強くなっていくんです」(豊川七段)
王位戦の次局は8月19日~20日。ここで勝てば「藤井聡太二冠」となる。
「タイトルを一つ取ればあとは早い。予選のシード権が取れるので、戴冠は加速するでしょう」
と、豊川七段は予測している。
さて、藤井棋聖の強さを探るべく、コンピューターとの関連性を考えたい。概論として、棋士がコンピューターでしていることは棋譜検索と、AIを使った状況評価、最適指し手の補助である。
対局前にまず対戦相手の将棋を分析研究する。これには日本将棋連盟が管理する「棋譜データベース」を使う。年間に約3000局ずつ増えていく公式戦の全棋譜に、年会費を払うとアクセスできる仕組みだ。
対戦相手の過去局を洗い、得意戦型、先手番/後手番で指し方が変わるか、ここ最近は何を好んでいるかの傾向をつかみ、対策を練るのだ。昔は実際に駒を並べたが、今ではパソコンモニターの中で予習する。
棋譜を将棋AIソフトにかけると、個人名検索の他に戦型別検索、類似局検索、局面別検索や各指し手ごとの勝率を出すこともできる。対局が終わると、自分の指した棋譜をAIに評価させ、これが「復習」に当たるのだ。
「対局中は濃霧の中を走っている感じ。客観的に自分の走りがどう見えていたかを知るために使うのです」(豊川七段)
(本記事は週刊アサヒ芸能8月18日発売号に掲載)