藤井棋聖は、みんなで使う家庭用パソコンが1台だけある家庭で育ったという。
しかし興味を深め、「将棋ソフトは並列処理を行っているので、コア数が多いほうがいいかなと思って」(「ライブドアニュース」19年9月29日配信)と「読みを入れて」パソコンを購入するなど、コンピューター自体にも明るい棋士に成長した。今年の年初には、ついに自作パソコンまで組み立てており、こんな慎重なコメントも残している。
「最初から高性能機をめざすと、失敗したときに損失が大きいので、まずは練習」(「しんぶん赤旗」日曜版1月12日付)
コンピューターを使った勉強をはかどらせるには当然、ただ闇雲に取り組めばいいというものではない。
「AIソフトを動かすには、それなりの高性能マシンを使わないと、計算の待ち時間ばかりが増えることになりかねませんからね」(豊川七段)
つまり、藤井棋聖がコンピューター環境構築に強いことは、AIトレ全盛の現棋界において、大きなアドバンテージになっているのだ。
一方で、藤井将棋の強さとAIにはあまり因果関係がない、という声も聞こえてくる。
渡辺明三冠(36)は、
「ほぼ関係ないでしょう。結局のところ、中盤や終盤の力で勝っているわけですから」(文藝春秋20年9月号)
と答えている。豊川七段も概ね、同じ意見だ。
「コンピューターはプロテイン。時間をかけてつけた筋肉は落ちませんが、対処的につけた筋肉は定着しない。それに、天才ばかりが集まる将棋界で藤井級の強さというものは、コンピューターがどうこうというレベルではありません」
要は、コンピューターを使って自己研鑽、レベルアップしていくためには、それまでに確固たる実力が伴っていて初めて可能だというわけである。
「彼の将棋は『SF将棋』なんです。『ソウタ・フジイ』の略であり、まるで漫画のような物語を紡いで指してくる」(豊川七段)
今、将棋ファンは前代未聞の逸材のヴィクトリー・ロードを目撃している過程なのかもしれない。
はたして、藤井棋聖は夢の8冠制覇をみごとに成し遂げるのだろうか──。
断言していた佐藤紳哉七段(42)が、そのシミュレーションの詳細を語りだした。
「全冠同時制覇をするには、若いうちでないと。僕の予想はズバリ5年後。瞬間最大風速の実力が出るのは20代です。羽生善治九段(49)が七冠同時制覇をしたのも25歳でした。棋士は経験を積めば基本は強くなっていくんですけど、30を過ぎると読みの速さ、瞬発力、ひらめきが衰えてきます。もうじき、藤井フィーバーは落ち着き、タイトルを獲ることは当たり前になってくる。それがまた、6つ目、7つ目を獲って再び世間をざわつかせ、フィーバーを巻き起こす。藤井棋聖は5年後、23歳ですか。結婚の話題もちらほら出ている頃かもしれませんね」
ドラマチックなストーリーとなれば、8冠フィーバーをより盛り上げてくれるだろう。
「一番の見どころは、羽生九段が挑戦者となって、藤井さんのタイトルを奪いにくるアングルですよ。羽生九段はこれまで何局か藤井さんに負けていますけど、目の色を変えてきたら本当におもしろいことになります」(佐藤七段)
羽生九段は現在、「竜王戦挑戦者決定三番勝負」を戦うことが決まっている。相手は、トーナメントで藤井棋聖を破った丸山忠久九段(49)。これを制して挑戦者となり、豊島竜王との七番勝負に勝って竜王に返り咲くと、獲得タイトルが通算100期目という、前人未到の「3桁」となる。現在、獲得タイトル通算1期の藤井聡太棋聖とのコントラストがまぶしい。
仮に8冠目をその羽生善治から奪うことになれば、日本将棋史上最も熱い日になるだろう。
(本記事は週刊アサヒ芸能8月18日発売号に掲載)