楽天のエース・田中将大は日本シリーズでの巨人との対戦を念頭に、今シーズンを闘い抜いてきた。その裏には「圧倒的な強さを誇る」チームに対するムキ出しの闘争心があったのだ。メジャー行きを控えるラストシーズンで田中と嶋のバッテリーは日本一を誓った。
日本シリーズの流れは、雨の影響で大きく変わる。かつて58年の日本シリーズで、西鉄が巨人相手に3連敗を喫したあとに、稲尾和久が雨で1日順延になってからの4連投で、西鉄が巨人を破って日本一になった。そこから「神様、仏様、稲尾様」と呼ばれた“神話”が誕生したほど、天候と野球の勝敗は切っても切れない関係にある。
田中将大は25連勝という記録を達成し、稲尾の持っていた連勝記録を更新。もはや「神の子・マー君」などと軽々しく呼べないほどの存在となり、あの星野仙一監督でさえも「田中様やな。マー君などとはおそれおおくて言えんわ」と平身低頭の姿勢だ。
そんな中でも、楽天ナインは「マサヒロ」と呼び捨てにしている。特に女房役で4歳年上の嶋基宏は、誰の前でも一貫して「マサヒロ」と大声で呼ぶスタンスに変わりはない。
田中にとって、日本球界での存在感が大きくなるにつれ、周囲は気を遣ってあまり親しく話しかけなくなっているだけに、嶋の問いかけには、田中もつい本音を吐露してしまうことが多いという。
星野監督は、以前から地元開催となる仙台で、日本シリーズ進出を果たす瞬間のマウンドは田中に託したいと決めていた。10月21日のクライマックスシリーズのファイナルステージ、対ロッテ戦でのこと。9回、3点差でマウンドに上がる田中に真っ先に声をかけたのが嶋だった。
「大丈夫か。これで終わりじゃないんだぞ」
多少の不安があったのだろうが、「ハイ」と答えた田中。初球はいきなり150キロのストレート。その後も打者の鈴木大地に対して154キロまでスピードを上げ、キャッチャーへのファールフライで打ち取った。そして代打・金澤岳を一塁ゴロで二死にする。
ここから1番・根元俊一、2番・福浦和也に単打を打たれて、宿敵の井口資仁まで打順を回した。
「(優勝を決めた9月28日の)西武戦(一死二、三塁としながら栗山巧、浅村栄斗を打ち取る)もそうだけど、周囲をひやひやさせながら、いい打者で打ち取る芸当をアイツはわざとやっているようにも見える」
と、星野監督が驚きを隠さなかった投球内容で、井口をきっちりと三塁ゴロでしとめ、楽天初の日本シリーズ進出を果たしたのだ。前日に予定されていた第4戦は雨で順延。もし、このまま雨が降らずに田中が中2日でマウンドに立っていたら、星野監督のシナリオははたして成功したのか。
「仙台のファンの前で星野監督を胴上げできたのが何よりもよかった」
そう語った田中は、クライマックスシリーズのファイナルステージが始まる前に、嶋とスコアラーの行木〈なめき〉茂を交えて、ロッテ対策を行っている。初戦に先発する田中の動向しだいで戦局が大きく変わってくるからだ。その結果、速球を封じ内角中心の変化球から入るというシーズン中にはあまり見られない配球でいこうという嶋の考え方に、田中は理解を示したのだった。
田中には考えがあった。クライマックスシリーズファーストステージ・西武戦でのロッテ打線が、ファーストストライク狙いでドンドン振ってくるのをビデオで見ていた。加えて、今シーズンの課題である「イニング先頭の打者は絶対に抑えること」を再確認して、初戦のマウンドに上がった。そして、9回の締めには155キロの最速スピードで見送りの三振にしとめてゲームセット。理想の型でのピッチングで主導権を手中にしたまま、2勝1敗で迎えた第4戦でもきっちりと、そのピッチングの型を踏襲したのだった。
◆スポーツライター 永谷 脩
◆10/29発売(11/7号)より