逃げ、先行、差し、追い込みと、戦法の多彩さでもファンを酔わせた。鈴木淑子氏が話す。
「ごく自然体で涼しい顔をして、さらりと風のように勝ってしまう。緻密な計算だったり、人に見せない努力があっての勝利でも、決してそれを感じさせませんよね。インタビューでも、ウイットのあるお答えが得意で、ファンの気持ちを楽しくさせてくださる天才なので、本音がどこにあるのか、つかみかねることがあるとは思うのですが、ただ、たぶん銀河系イチの負けず嫌いですね(笑)」
それが全ての結果につながっていると言う鈴木淑子氏が次にあげたレースは、01年にトゥザヴィクトリーで勝利したエ女王杯だ。
「後方から追い込み、5頭がゴール前で並ぶ大接戦でした。でも、その年の春の『ドバイワールドC』では、果敢にも世界中の牡馬たちを引き連れて逃げて2着に大健闘。世界のホースマンたちが『日本にこんなに強い牝馬がいたのか』と驚いていたものでした」
99年の天皇賞・秋、スペシャルウィークを春秋連覇に導いた時も、ユタカ・マジックが炸裂した。
「絶対に大崩れしなかったスペシャルウィークが、このレースの直前、京都大賞典で7着に惨敗。追い切りの動きもパッとしなくなって、初めて4番人気という低評価に。武豊は『好位からの競馬では気持ちが続かなくなっている。今回はケツから勝負してみますよ』と直前に話し、みごとな直線一気を決めた。サンデーサイレンスの特長を最も知る男は、戦略の引き出しの多さで数多くの馬を立ち直らせてきたんです」(片山氏)
その最も代表的な例が、現役時代にシルバーメダリストと呼ばれたSS産駒のステイゴールドだろう。現在は怪物オルフェーヴルやゴールドシップの父として大活躍しているが、現役時代は気性の激しさから出世が遅れ、種牡馬入りを心配された時期もあった。
「ラストランとなった01年の香港ヴァーズ。残り200メートルで、逃げるデットリー騎乗のエクラールまで5馬身差の直線で内ラチに寄ってしまい、武豊騎手は足を挟まれてしまうんですよ。それでも闘志を失わさせずに頭差で勝利に導いた。レース後『ステイゴールドはゴドルフィンの勝負服に強い』と笑って話していたことが印象的でした。(日本の厩舎所属の)日本産馬による初めての海外GI制覇でした」(前出・鈴木淑子氏)
前人未到のJRA国内GI完全制覇まで、残りは「朝日杯FS」のみ。今年はファンタジーSを制した牝馬ベルカントとのコンビが有力視されているが、牡馬相手にどんな秘策を練ってくるのか、今から楽しみだ。