大甘との批判が噴出している今回の新被害想定では、最大規模の被害が予想される都心南部直下地震(M7.3)が冬の夕方(風速8メートル)に発生した場合の死者数6148人のうち、「揺れ等」による死者数についても10年前の前回想定を1895人も下回る3666人と過少評価されている。そして、ここでも東京都の防災会議は「この10年で、住宅や特定緊急輸送道路沿道建築物の耐震化が進んだこと」を最大の根拠として強調している。
しかし、都の元防災担当幹部が当連載の第1回目で指摘したように、都内には区部を中心に、老朽化した旧耐震ビルが無数に林立している、という戦慄の事実が存在するのだ。長年にわたり都の都市計画に携わってきた元防災担当幹部は、次のように警鐘を鳴らす。
「現行の新耐震基準を満たしていない事務所ビルや雑居ビルなどについては、耐震改修促進法でも耐震診断と耐震改修の努力義務が課されているだけで、都もその実態をほとんど把握できていない『野放し状態』にあります」
また、同法で耐震診断が義務づけられている特定緊急輸送道路沿道建築物についても、
「対象とされる建物の全体数を母数とした耐震化率こそ高くなりますが、旧耐震ビル数を母数とした耐震改修率は50%に届くか届かないかのレベルです。都が強力に耐震化を進めてきた特定緊急輸送道路沿道建築物ですらこの有様ですから、老朽化した旧耐震ビルに至っては、まさに『推して知るべし』でしょう」(前出・元防災担当幹部)
しかも、今回の新被害想定にも明記されているように、首都・東京は1500万人超の昼間人口(2015年)と1400万人超の夜間人口(2020年)を抱える超過密都市なのだ。
「耐震改修されていない旧耐震の雑居ビルなどには、企業のオフィス、クリニック、保育園、飲食店、艶系店など、ありとあらゆるテナントが入居しています。加えて、都心南部直下地震が発生した場合、新被害想定では区部のおよそ6割が震度6強以上の揺れに襲われるとされている。実は1981年以前の旧耐震基準は『震度5強程度の揺れでも建物が崩壊しないこと』を担保しているにすぎません。つまり『震度6強以上の揺れに襲われた場合、耐震改修が実施されていない旧耐震ビルはことごとく崩壊する』というのが、防災的見地から発すべき、偽らざる警告なのです」(前出・元防災担当幹部)
現実を直視した被害想定は、かくも衝撃的なのだ。
(森省歩)
ジャーナリスト、ノンフィクション作家。1961年、北海道生まれ。慶應義塾大学文学部卒。出版社勤務後、1992年に独立。月刊誌や週刊誌を中心に政治、経済、社会など幅広いテーマで記事を発表しているが、2012年の大腸ガン手術後は、医療記事も精力的に手がけている。著書は「田中角栄に消えた闇ガネ」(講談社)、「鳩山由紀夫と鳩山家四代」(中公新書ラクレ)、「ドキュメント自殺」(KKベストセラーズ)など。