前回は震源の極めて浅い直下型地震で発生する長周期パルス、高層建築物を十数秒で倒壊させる戦慄の地震波について警鐘を鳴らした。
一方、今回取り上げる長周期地震動は、南海トラフ巨大地震など遠方で起こる震源の浅い海溝型地震などで必ず発生し、かつ、首都圏にある高層建築物を数分かけて倒壊させると考えられている、恐怖の地震波である。
長周期地震動のメカニズムに詳しい地震工学の専門家は、
「長周期地震動による建物被害は震源が浅ければ浅いほど、また地震の規模が大きければ大きいほど甚大になります。そして、この場合のキーポイントとなるのが、地震波を伝える『付加体』の地層、建物が建っている『地盤』、そして建物が持っている『固有周期』。この3条件が揃うと、高層建築物の揺れは増幅し、数分後に倒壊に至ります」
こう前置きした上で、次のように指摘するのだ。
「まず、今回の新被害想定が対象としている南海トラフ巨大地震は、プレートの境界付近で発生する震源の浅い海溝型地震であり、地震の規模を示すマグニチュードも8~9と超巨大です。加えて、震源と首都圏の間には長周期地震動をよく伝える軟弱地層の付加体が存在し、かつ、首都圏にある高層建築物は大規模沖積平野と呼ばれる軟弱地盤の上に建っています。さらに、高層建築物は長周期地震動と共振しやすい固有周期を持っていますから、今後30年での発生確率が70~80%とされる南海トラフ巨大地震は、地震で倒れないと信じられてきた高層建築物にとって、三拍子揃った悪夢の地震なのです」
にもかかわらず、新被害想定では、長周期地震動が高層建築物に及ぼす最大被害を「立っていることができず、這わないと動くことができない」「固定していない家具の大半が移動し、倒れるものもある」「間仕切壁などにひび割れ・亀裂が多くなる」などと過小評価。完全に「見て見ぬフリ」を決め込んでいるのだ。
「必要なのは、高層建築物の固有周期などに応じた正確な被害想定と対策。家具を固定しようがしまいが、建物そのものが倒壊してしまえば、それこそ一巻の終わりなのです」
とは、前出の専門家の偽らざるホンネである。
(森省歩)
ジャーナリスト、ノンフィクション作家。1961年、北海道生まれ。慶應義塾大学文学部卒。出版社勤務後、1992年に独立。月刊誌や週刊誌を中心に政治、経済、社会など幅広いテーマで記事を発表しているが、2012年の大腸ガン手術後は、医療記事も精力的に手がけている。著書は「田中角栄に消えた闇ガネ」(講談社)、「鳩山由紀夫と鳩山家四代」(中公新書ラクレ)、「ドキュメント自殺」(KKベストセラーズ)など。