壁に耳あり障子に目あり──。何気ない日常風景の中に機密情報を狙う工作員が潜んでいるかもしれない。コロナ禍の“鎖国”は解かれ、法律で取り締まることができないスパイは完全に野放し状態。シリーズ「日本が危ない」の第1弾では安全保障を脅かす諜報機関の最新手口を緊急レポートする。
「六本木の星条旗通りや歌舞伎町の職安通りでスナックを出さないかと誘われました」
と苦笑いしながら打ち明けるのは、訪日外国人向けのホステル経営者だ。インバウンド需要を見据えて宿泊事業に参入したものの、コロナ禍での経営は甘くなかった。会社の資金繰りに頭を抱える中、取引先の中国人社長に持ちかけられた“おいしい儲け話”だった。
「コロナの影響で閉店した空き店舗がある今がチャンスらしい。開業と運営の資金は全て向こう持ちで、スタッフとして店に入れば、固定給に加えて売上に応じた歩合給まで付く好条件。外国人が好むエリアだけに、本業との相乗効果でガポガポ稼げると直感しました」(ホステル経営者)
だが、このビジネスチャンスを手放しには喜べない事情もあるようだ。ホステル経営者は一変して表情をこわばらせた。
「外国の要人や官公庁の人間が来るたびに報告することが絶対条件。しかも、店内のいたるところに盗聴器や監視カメラが設置される。『最悪、赤字を垂れ流してもいい』とまで言われてますが、果たしてこんなスパイの片棒を担ぐようなオファーに応じていいものなのか‥‥」
これは氷山の一角にすぎない。くしくも6月10日には外国人ツアー観光客の受け入れを再開したばかり。また、6月22日には警視庁目黒署が企業などの情報流出に関する講演会を開催し、
「スパイに接触された社員が相談しやすい環境も作ってほしい」
と警戒を呼びかけた。
コロナ禍の鎖国状態で沈静化していた外国人のスパイ活動が再び活発化しているのだろうか。「警視庁公安部外事課」(光文社)を著書に持つ元公安警察の勝丸円覚氏が解説する。
「犯罪行為や借金などの弱みを持つ会社員や経営者がターゲットになりやすい。今回のケースも中国当局による入念な下調べで協力者になる可能性を見込まれたのでしょう。近しい中国人を仲介人にして誘い出すのは常套手段。弱みにつけ込んで断りにくい人物を選んでいる。外国の大使館や官公庁の職員が立ち寄りやすい土地だけに、諜報活動の拠点にしようとしたのでしょう」
時には見知らぬ人物からアプローチされるケースもあるという。アジア雑貨の商社を営む男性によると、
「北京冬季五輪が開幕する2カ月前の話です。上海の国家安全局に所属する“リー”と名乗る若い男から携帯に電話がありました。要求は日本の公安警察からチベットやウイグルの活動家のリストを入手すること。CIAを通じて日本の警察にもリストが渡っていたらしい。もちろん断りましたが、『大丈夫! 日本の警察は金を受け取るから』としつこく説得されました」
中国諜報員の情報収集にかける意気込みたるや恐るべし。その源泉を辿ると、日本に10万人以上いる中国人留学生の存在が見え隠れしてきた。