掛布氏は「若手の底上げ」のため、まず自宅地下に設けたトレーニングルームに伊藤隼太、森田一成を呼び、極秘特訓を始めた。これも初めて明らかにされるものだ。その様子はこうだ。
〈私はスポンジボールを真正面から投げて打たせるというティー打撃を、1人30分程度ずつ行った。これは現役時代に中西太打撃コーチに教えてもらった練習方法である〉
掛布氏が説明する。
「柔らかいスポンジボールは、インパクトの瞬間にグシャッと潰れます。バットが入る角度によって、異なる潰れ方ではじき返されるため、スピンをかけるコツをつかみやすいのです」
さらに一二三慎太、中谷将大、西田直斗、北條史也ら、素質ある若手それぞれにアドバイスを与えた。
〈阪神はチームとして大きな過渡期を迎えている。生え抜きという内から出てくる力を時間をかけて育成して、いつの日か、次世代のミスタータイガースがチームの中から生まれなければ、盤石の体制を作りつつあるライバル、巨人との差がもっと広がる。そうなれば再び暗黒時代に逆戻りである。能力を持った選手はチームにいるのだ〉
掛布氏の野球理論の基礎となったのは、現役時代に山内一弘、中西太、安藤統男という3人の名コーチから受けた指導。例えば山内コーチには、
〈ある夜、一人でバットを振っていると(中略)私の前に並行に並べた2本のゴルフクラブで20センチほどの空間を作り、「クラブに触れないようにこの間を抜いてスイングしてみろ!」と言うのだ〉
この奇妙な山内式指導法を、掛布氏はこう回想する。
「私の打撃理論の原則の一つに、体をレベルに使うというものがあります。私の考えでは、バットはダウン→レベル(水平)→アップと軌道を描くことになりますが、インパクトの瞬間にレベルスイングができていなければ、ゴルフクラブに当たってしまいます」
中西コーチと取り組んだのは、前述したスポンジボールを使った打撃練習。
「ボールにスピンをかけ、角度をつけて飛ばす打法でした。数ミリ感覚でボールの下に角度をつけてバットを入れ、逆回転を与えて飛ばす技法を磨きました」
藤村富美男、村山実、田淵幸一からバトンを受けた4代目ミスタータイガース・掛布雅之はこうして作られた。そしてこの体験が今、阪神DCとしての指導にも大きな影響を与えているのだった。