テリー あらためてどうですか、2度目の世界チャンピオンになった心境は。
河野 ボクシングの世界は本当に厳しいというのを、皆さんからわかっていただいているので、すごく敬意を払っていただいてます。だから、少しでも長くチャンピオンでいたいです。
テリー 試合が終わった夜って、眠れるものですか。
河野 いや、この間の試合で勝った当日は一睡もしなかった、というかできなかったですね。
テリー それは、受けた傷が痛いのもあるのかな。
河野 痛みもあるんですけど、それ以上に興奮してるんですよ。アドレナリンが出ているので。ベッドに入ったんですけど、まったく眠れなかったですね。
テリー 世界王者になると、収入のほうはどうなるんだろう。
河野 まだチャンピオンになったばかり、ということもありますけど、お金のことはあんまり考えてないですね。今はボクシングができて本当に幸せなんで、これでいいやと思って。
テリー 偉いなぁ。とはいっても、車とか欲しいとは思わない?
河野 ああ、そうですね、外車は欲しいです。ベンツはいつか手に入れたい(笑)。
テリー ベンツ、ぜひ乗ってくださいよ! そもそも、ボクサーになろうと思ったのはいつですか。
河野 高校の時は陸上部だったんです。高校駅伝で関東大会まで行ったんですけど、僕は補欠で、7人が出られる中の10番目ギリギリぐらいだったので、苦しいだけなんですよ。駅伝で練習してきたことを、何か生かせないかなあと思った時に「6カ月でプロボクサーになれる!」っていう「月刊フルコンタクトKARATE」の別冊を読んで、これで勝負してみようかと思って。
テリー じゃあ遅咲きだったんだ。
河野 始めたのは高3の春ぐらいだったので、17歳ですね。世界チャンピオンになるような人は、小学生ぐらいからやっている人が多いんですけど。自分はかなり遅いほうでした。今はもう「アンダージュニア・ボクシング」というのがあって、小学生ぐらいからやってる人がいますから。井上尚弥選手(大橋)とかはそうですね。
テリー じゃあ、そういう選手たちと違って、10代の終わりにこの世界に入るのでは、かなり違う?
河野 まったく違いますね。
テリー じゃあそこから世界チャンピオンに登り詰めるまで、10年以上、かなり努力したということだよね。
河野 僕は特にボクシングのセンスもなくて、トロかったんです。デビュー戦を親父が観に来てくれたんですけど、あまりにもひどくて「何だ、これは」と感じたらしくて、試合後に自宅にサンドバッグをつるしてくれて。
テリー ああ、それはすばらしいよ!
河野 そのおかげでジムだけじゃなく、家でも練習するようになって。ビデオカメラで、練習の様子を撮影したりもしていました。ちょっと変わった親父で。
テリー いや、それは本当にいい親父さんだよ。
河野 ありがたいですね。それでルーキーの頃はボクシングばっかりやってて、朝は練習して、バイトに行って、鍼灸の専門学校に行って‥‥。ジムでも家でも練習するようになってから、徐々に強くなっていったかなと思います。
テリー いやー、偉いねえ。しかも、東京育ちなのに、よくぞそんなにストイックに生活できたね。兄弟は?
河野 兄と姉がいます。
テリー じゃあ、末っ子なんだ。俺も出身が東京だからわかるんだけど、東京育ちの、しかも末っ子って、普通はそんなにハングリーじゃないから(笑)。すごいことだと思うよ。
河野 そんなものですかね(笑)。ありがとうございます。