ジュテの病気が肺と腹腔の上皮系悪性腫瘍と確定診断された翌日。9月29日の朝は意外にも、なぜかすっきり目が覚めた。くよくよしても始まらない。愛猫と何ができるか。そんなふうに思えた寝ざめだった。
ふと思いついたのが、散歩である。ジュテが我が家に来たばかりの時、猫も犬のように散歩させるものと思い込んでいた。ただ、どこかにいなくなったらたまらない。そこで猫用のリードを買ってきて、マンションの周囲を一緒に歩いたことがあった。活発なジュテは犬のように草むらを嗅ぎ回って喜び、はしゃぐ。帰ろうとリードを引っ張っても、逆にグイグイ引っ張られる。
八割れのジュテは、4本の手足の先は同じくらい真っ白なソックス猫である。体全体の白黒が見事にシンメトリーになっている、スタイル抜群の端正な猫だ。リード姿や、僕が格闘している姿を見て、通りすがりの人が振り返ったり笑ったり。あの頃の無邪気で元気なジュテを思い出していた。
「ジュテを前みたいに散歩に連れてこうかな」と言うと「あの時のリードはしまってあるよ。ジュテも喜ぶんじゃないかしら」と、ゆっちゃんが言う。「よし!」。
さっそく体を包む、金具がついたチョッキとリードを探し出した。ベッドでこっちを向いているジュテにそれを見せたら「ニャー」と泣いた。
「散歩に行くぞ」
リードをつけてキャリーバッグにジュテを入れ、自転車で1キロくらい離れた、以前住んでいたマンションに向かった。やはり引っ越す前まで、自分の庭にしていた場所が嬉しいに違いない。
バッグから出たジュテはさっそく草むらに近づいて、においを嗅いでいる。猫は5年前の記憶があり、においを覚えているものなのだろうか。
マンションの周囲を歩いていたら、住人のSさんと出会った。
「あら、こちらに戻って来たんですか」
「違う、違う」
「ジュテちゃん?」
「そう」
マンションに住んでいた時、ジュテは玄関まで戻ると、いつものニャーではなく、ギャオという大きな鳴き声をあげた。その声が部屋に近づくほど大きくなって、なぜか「ただいま」と言っているように聞こえるのだった。
そして、Sさんやかわいがってくれる住人と入り口などで出会った時はというと…。ジュテはマンションの入り口でSさんを見かけると、目くばせをして、最初に我が家にやって来た時のように、「ついてきて」というしぐさをするのだという。それから玄関横の階段を先にトコトコと歩き出し、Sさんのドアの前まで連れて行くような、不思議な行動を取るのだった。
「でも、ドアを開けても中には入らないの。人が顎で『ほら!』みたいな仕種をする時があるでしょ、あんな感じで指図して。それからジュテちゃんはというと、後ろを向いてスタスタ帰っていくのよ。面白い猫ちゃんね」
そんな話をよく聞かされたものだ。
Sさんにジュテの病気のことを伝えると「まあ!」と驚いて目を潤ませた。
「かわいそうに」
ジュテはそんな人の想いをよそに、相変わらずクンクン嗅ぎ回っている。戸建てに移ってからは、病院との往復以外は、外の空気をほとんど吸っていない。つかの間の息抜きに、ジュテは満足げだった。
(峯田淳/コラムニスト)