97年秋の天皇賞をエアグルーヴで制した武が、92年のマックイーン以来となる春の盾制覇を果たしたのは、99年のことだった。
パートナーは、前年ダービー初勝利をプレゼントしてくれたスペシャルウィークだった。
目的は忘れてしまったが、その春天の少しあと、彼の自宅を訪ねた。ちょうど、弟の幸四郎や、当時騎手だった石橋守、千田輝彦らも来ており、庭でバーベキューパーティをした。トングで肉を裏返しながら、
「これで2年連続、前の年に有馬記念を使わなかった馬が春天を勝ちましたね」
と武が言った。前年、98年の勝ち馬メジロブライトも、スペシャルウィーク同様、有馬記念をスキップするローテーションだった。
さらに彼は続けた。
「もうひとつ、知ってました? 前年のダービー馬が春天を勝つと、阪神が優勝するんですよ」
その年、彼がずっと応援している阪神タイガースは野村克也新監督のもと、6月には一時首位に立つほどの勢いを見せていた。前年のダービーを含む三冠を制したシンボリルドルフが春天を勝った85年、阪神は日本一になった。それ以来の虎フィーバー到来かと思われたが、結局、最下位に終わった。彼がつなごうとした春天と阪神優勝のリンクは途切れてしまった。
同年秋の天皇賞をスペシャルで制した彼の、次の春の盾戴冠は、06年、ディープインパクトとのコンビによるものだった。
3コーナーから動いて前をひとマクりにし、さらに直線「飛んで」、2着を3馬身半突き放して圧勝。従来のレコードを1秒も短縮する3分13秒4という驚異的なタイムを叩き出した。「世界にこれ以上強い馬がいるのかなと、正直、思いますね」
そう話した武は、以来、春の盾は8年、秋の盾は6年、手にしていない。
◆作家 島田明宏
◆アサヒ芸能4/28発売(5/8・15合併号)より