彼は今年、キズナを相棒に、天皇賞トータルでは12度目、春の盾としては7度目の栄冠を狙う。
2年前の春の天皇賞はウインバリアシオンで3着、昨年はトーセンラーで2着になっている。となれば今年は‥‥と、当然、期待が高まる。
何より、キズナが、年明け初戦の大阪杯でさらに成長した姿を見せてくれたのが大きい。パドックでは、彼を背に迎える前から尻っ跳ねを繰り返すなど、ヤンチャなところも見せていたが、スタートが近づくにつれておとなしくなるという、競走馬として理想的な部分はそのままだった。
かつて、伯楽として名を馳せた武田文吾が、「コダマはカミソリ、シンザンはナタの切れ味」という言葉を残した。ゴールが近づくにつれてどんどん速度を上げていくキズナは、まさにナタの切れ味を武器とする馬だ。それが生きるのは、直線の長い東京や、阪神・京都の外回りコースであって、大阪杯の阪神内回り2000メートルでは、引っ張り気味の手応えで進むエピファネイアに分があるのでは、と私は思っていた。
ところが、である。勝負どころでエピファよりワンテンポ遅らせて仕掛けられたキズナは、そこからグーンと伸び、エピファを並ぶところなくかわし、力の違いを見せつけた。
ダービーでエピファにつけた差は半馬身だったが、それが1馬身半+首差にひろがっていた。キズナ、エピファともにほぼ半年ぶりの実戦だったのだから、条件は互角。その差は額面どおりに受けとっていいだろう。3歳夏の大事な成長期をシャンティイの森で過ごした効果と、凱旋門賞で世界の強豪とやり合ったことによる刺激が、プラスに作用したのではないか。
「反応がよかった。さすがダービー馬ですわ。競走馬が一番充実する時期に、今のキズナは来ている。次走の天皇賞が楽しみですね」
と笑顔を見せた武だったが、記者から3200メートルの距離に対する質問が出ると、すっと表情を変えた。
「ダービーとニエル賞を勝って、凱旋門賞4着なのだから、不安視される馬じゃないでしょう。不安視されるのは別の馬です。もういいでしょう、そんなことは。距離を云々するレベルの馬じゃないんだから」
その言葉から、キズナに対する敬意が感じられた。
「春天にはすごく強い馬が出てくるでしょうが、そういうレースですからね。久しぶりに少数精鋭の天皇賞になるといいですね」
彼が口にした「強い馬」は、ゴールドシップ、フェノーメノ、ウインバリアシオンらを指していたのだろうが、その先に控える、トレヴらヨーロッパの強豪にも思いを馳せているように見受けられた。
「(凱旋門賞に向けて)キズナには日本のエースになってもらいたい。それが今年、この馬に課せられたことだと思います。気を引き締めて臨みます」
秋に狙う世界制覇のためにも、国内で負けるわけにはいかない。そんな強い気持ちが伝わってきた。
◆作家 島田明宏
◆アサヒ芸能4/28発売(5/8・15合併号)より