第149回を数える天皇賞が5月4日に行われる。天才・武豊がコンビを組むのは昨年のダービー馬キズナだ。デビュー3年目、初めて天皇賞に騎乗し、初制覇を成し遂げた若き天才は、4年連続で春天を制し、いつしか「平成の盾男」と呼ばれるようになった──。
46戦11勝2着7回3着8回。「平成の盾男」と呼ばれる武豊の天皇賞における通算成績である。勝率23.9%、連対率39.1%、複勝率56.5%。
これを春の天皇賞だけに限定すると、21戦6勝2着6回3着4回。勝率28.6%、連対率57.1%、複勝率は76.2%にまで跳ね上がる。面白いことに、着外となった5回はすべて二桁着順だ。つまり、武は春の盾で4回に3回は馬券に絡み、残りの1回は大敗‥‥と、非常に読みやすい結果を残してきたのである。
キズナで臨む今年はどちらになる可能性が高いかは言わずもがなだろう。
そんな彼が初めて春の天皇賞に臨んだのは、今から25年前、1989(平成元)年のことだった。騎乗馬は当時5歳の牡馬イナリワンだった。
その年、大井から中央入りしたイナリワンは、東京大賞典などを勝った強豪だったのだが、とにかく掛かる馬だった。ほかの騎手を背にした中央初戦も2戦目も掛かってしまい、それぞれ4、5着に敗れていた。そこで、馬への当たりがやわらかく、折り合いをつける技術の高い騎手として、武が起用された。
しかし、調教で初めてこの馬に乗った武は頭を抱えた。走り出したら止まろうとせず、手綱を引っ張ったままコースを2周も持って行かれてしまったのだ。
──この馬で3200メートルを乗り切れるかなあ。
陣営は、馬の少ない時間帯に調教するなどして落ちつかせようとしたが、折り合い面に不安のあるままレースを迎えることに。
ゲートが開くと、武はひたすら折り合いに専念した。1番枠からの発走で、前の馬に乗り掛かる危険もあっただけに、よけいに慎重にレースを進めた。馬がエキサイトしそうになったらハミを外し、それでも前に行こうとしたらグーンと手綱を引き、また力を緩め‥‥と、イナリワンの超ハイパワーエンジンをふかしすぎないことだけに集中し、ふと気づいたら2周目の勝負どころに差しかかっていた。
そのとき武は、嬉しい驚きを感じた。イナリワンが十分すぎるほどの余力を残し、いつでも弾けることのできる状態になっていたのだ。位置取りや他馬の動きなどをまったく気にしていなかった彼は、このとき初めて勝利を意識した。
溜めに溜めたエネルギーを直線で爆発させたイナリワンは、2着を5馬身突き放して圧勝。武は、天皇賞初騎乗初勝利を挙げた。
まだデビュー3年目。減量がとれない見習い騎手という立場だった。
にもかかわらず、前年秋、スーパークリークで勝った菊花賞といい、この春の天皇賞といい、「騎手の腕がモノを言う」と言われている長距離戦で百戦錬磨のベテランを向こうに結果を出し、その技術が本物であることを見せつけた。
◆作家 島田明宏
◆アサヒ芸能4/28発売(5/8・15合併号)より