野口氏が語る。
「12年に『ネットワークでつくる放射能汚染地図』という番組で43万ベクレルの汚泥の話をしました。ただし、阿武隈川に注ぐ側溝の泥の値です。そこは線量の高いホットスポットで、雨で流れてたまったのです。その値がなぜか同じ43万ベクレルです。わずか2平方メートル弱の狭いところで、現在では立入禁止になっています」
科学者のデータや、関係者の証言を都合よくつなぎ合わせ、福島全土が汚染から逃れられない印象を与えている「福島の真実」に、野口氏はこう憤る。
「原発賛成、反対でも、ウソをついてまで被害はこんなにありますという言い方はダメです。住んでいる人がいるのですから。漫画の体裁を取りつつも、実名の人物が登場し、語っています。これは記事であり、悪質なデマと言ってもいい」
エンターテインメント作品か、記事なのか──小学館に問い合わせると、広報室担当者がこう答えた。
「取材に基づいて作った漫画というスタンスです」
これまでにも福島には、真偽を問わず多くの情報がもたらされた。そのたびに住民は動揺させられている。山本氏が言う。
「作品が作品だけに、県外の人による差別を助長することを恐れます。表現の自由は最大限に尊重されるべきものですが、それによって傷つく人がいるということも、作家やメディアの人間は慎重に考慮すべきではないでしょうか」
農薬や化学調味料など「食」の問題を提示してきた「美味しんぼ」。評論家の呉智英氏は、「福島の真実」の問題点を指摘する。
「83年の連載開始から、約30年。真偽はともかく、これまでは被害者・加害者というのが、割り切れていました。今回、『原発は怖い』という思いからか、雁屋さんは福島県民が被害者だとか加害者だとか言っている場合ではないと、思い込んでいるようです。慎重さがすごく足りない」
雁屋氏の過激化宣言で考えられるのは、甲状腺ガンに触れる展開だ。野口氏が釘を刺す。
「チェルノブイリの場合、4年目から急激に増えています。福島では、今のところガンの疑いやガンである人は75人です。この人数についてはいろいろな議論があります」
しかし、事故情報を隠蔽し、高濃度の放射性物質にさらされたチェルノブイリのケースと、福島を同列に並べることは意味がないという。
「福島の場合は、甲状腺線量が低いのです。線量が低いと、潜伏期間が長くなるというデータがはっきりあります。だから私は、福島では10年くらい検査を受けないといけないと主張しています。まだ3年しかたっていない状況では、この75人と被ばくとの関係は検証を要すると考えるべきです」(野口氏)
呉氏は、今回の勇み足的描写に、過去の雁屋作品を思い出すという。
「社会の枠外の人間が権力を打倒するというのが雁屋氏の作風です。中でも『野望の王国』というのは、権力を手に入れるために敵味方関係なく、殺しまくる作品です。『福島の真実』は雁屋作品の、そうした陰のラインと通底します」
この騒動で「美味しんぼ」は大きな注目を集めている。炎上商売ではないかとの声も強いが、
「スピリッツのHPでも同じものを(無料で)掲載しますので、炎上商売にはならないという認識です。コミックになるかどうかは別にして、19日発売号で、いろんなご意見を掲載したうえで編集部の考えを表明するつもりです。それを読んだうえでご理解いただきたいと思います」(小学館広報室担当者)
福島県民の「風評差別」との戦いが終わる日はいまだ来ないのだ。