7日目。目が覚め、着替えだけして、捕獲器を仕掛けている3軒隣りの空き家に行ってみる。塀のドアを開けて庭に入ったのだが、変わった様子はない。今日もダメか。クールボーイは戻ってこない。諦めムード濃厚だ。家に戻って「やっぱりダメだね」と言うと、連れ合いのゆっちゃんも溜め息をついた。
遅い朝食後、11時になっていた。2階で机に向かっている時だった。ついさっきから遠くで変な物音がしている。なんだろう。それからハッとして勘が働いた。
「あれ、もしかしてクールがかかった音じゃない?」
ギャギャ、ガシャン、ギャーと凄まじい音が遠くで響いている。
「何?どうかした?」
ゆっちゃんはまだ、気が付いていないようだ。
「遠くから凄い音が聞こえてくる。ほら!」
1階にいるゆっちゃんに向かって叫ぶと同時に、玄関に駆け出していた。
「クーだと思う!」
サンダルを履き、空き家まで走った。庭の塀の扉を一気に開ける。ウウウーと唸っている。急いで近づき、恐怖心に駆られながら被せていたバスタオルを勢いよくはがした。クールではなく、獰猛な動物かもしれない…。
だが、中で大騒ぎしていたのは紛れもなく、白毛のクールだった。しかし、動転しているのだろう。誰だかわかっていない可能性もある。見るなり「シャー!」と威嚇してきた。
「バカ!どれだけ心配したと思っているの!」
涙が出そうだった。それから「落ち着いて、落ち着いて」と言いながら取っ手を持ち上げ、「大人しくして」となだめた。少しは落ち着いたのか、鳴き声を上げることなく、ジッとこちらを睨んでいる。ちょっとは認識できたか。
そのまま片手で捕獲器を持って、我が家まで歩いた。時々、バタバタしたが、半ば観念したような感じだった。
騒動はジュテ、ガトーの兄たちも察して、玄関に入るとこっちを見ている。
「クー、本当にお前は!」と怒っているけど、安心した表情のゆっちゃん。捕獲器を床に置くと、ジュテとガトーはクールをジッと見ている。
玄関のドアを閉め、捕獲器の扉を開けてやると、前回同様、クールは一瞬のうちに飛び出して、2階に駆け上がっていた。廊下には薄っすらと砂がまき散らかされたが、土のある庭の周辺に7日間もいたのだから仕方がない。
やれやれ、二度の脱走を捕獲器で捕まえることができた。2階、3階を見回って、クールがいるのを確認しようとしたが、どこかに隠れてしまったようだ。1回目の時は3階の本棚の奥に隠れていたが、今回は…。まだ動転しているだろうから、そっとしてやることにした。
保護猫のクールを紹介してくれたMさんに連絡を入れる。
「クール、捕獲器で捕まえた」
「ホント、よかった、よかった」
「お腹をすかして朝になって入ったみたい。相当、腹ペコだったんだね」
「もう、ベランダに取り付ける格子、ネットで完全に防御してよ」
「了解」
脱走したクールを捕獲する戦争のような日々は、こうして終了した。
クールはその後も窓際に佇んでは外を眺めていることが多く、おそらく仲良しのトラちゃんを探しているのだと思う。できれば外に出して飼ってあげるのが性格に合った飼い方かもしれないが、だからといって、元気に生きていけるかはわからない。外猫と仲良しにはなれても、縄張り争いになった時に喧嘩で負けてケガをするとか、車に轢かれるとか、飢えて病気になるとか。
どんな理由があろうとも、最後まで面倒を見てあげるしかないのだ。動物とはいっても、飼っている猫はやはり子供と同じ、家族。ちなみに空き家はその後、取り壊されて新しい家が建て替えられた。次にクールが脱走しても、そこに逃げることはできない。
1年後の21年11月に、いちばん上のジュテがガンで天国へ旅立った。そして22年7月に、ガトーとクールを世話してくれたMさんに勧められ、保護猫団体のNさんから3匹目の「そうせき」という黒猫をもらうことができた。そうせきは八割れのジュテと性格、姿もよく似ている。まるで生まれ変わりのようだ。
困ったことに、クールと同じように外に出たがって、ほんのちょっとした隙もうかがっている。クールとそうせきが脱走をしないように、注意深く見守る日々は継続中だ。
(峯田淳/コラムニスト)