サッカーW杯グループリーグ、優勝候補だったドイツの敗退には「フラグ」があった。日本戦の試合前、ドイツイレブンは全員、口を覆ったポーズで集合写真に収まった。「FIFAの言論弾圧」「キャプテンマーク禁止」に無言で抗議したのだ。
中東初のW杯開催で問題となったのが、カタールの「同性愛者は極刑」「外国人労働者の大量死」という人権問題だ。カタールでは同性愛者が死刑になる可能性もあるといい、W杯開催直前の10月にも一斉摘発されたばかりだ。
W杯会場建設では、気温40度を超える中で満足な水分と食事、休息を与えられない海外からの出稼ぎ労働者が次々と死亡。英ガーディアン紙によれば、W杯会場を含むインフラ整備で、6500人の外国人労働者が過労死したという。
ピラミッドを建設していた古代エジプトの方がよほど人道的だったのではないかと思うような、屍の山の上で開催されるW杯に、ドイツをはじめ、イングランド、ウェールズ、ベルギー、デンマーク、フランス、スイス、オランダが抗議。7カ国の主将が「ONE LOVE」と書かれたキャプテンマーク、腕章を付けて無言の抗議をするはずだった。
ところがFIFAは、腕章をつけた場合は「イエローカード」などの処分を課すと発表。ドイツ代表ノイアーの腕章も幻に終わった。ドイツサッカー連盟は、FIFAに法的手段も辞さないと徹底抗戦の構えを見せており、ドイツ国内企業は次々とW杯中継のスポンサーを降板した。
だが、ドイツ代表が戦意を喪失した本当の理由は、人権問題ではない。外信部記者が明かす。
「ドイツメディアは連日、ウクライナ情勢とそれに端を発するエネルギー危機、高騰する電気代とガス代について取り上げています。値上がりし続ける電気代の上限設定をめぐり、政府と電力会社の対立が激化していて、暖房の効いたスポーツバーでビールを飲みながらW杯を見る雰囲気ではない。スポーツバーはW杯放映をやめました。ドイツ人の冬の楽しみであるホットワインも値段が上がった。最低気温マイナス4度、電力不足の中で厳冬を迎える国民の不満と怒りの矛先はドイツ代表ではなく、カタールW杯そのものに向かっています」
ドイツ国営放送では「W杯初日から砂漠の真ん中に試合会場を作り、全ての観客が車で向かい、冷房をガンガン効かせ、資源の無駄遣いをしているカタールW杯は汚点」とまで酷評。オイルマネーで潤うカタール国内で、石油が湯水のように無駄遣いされている映像は、寒さに震えるドイツ国民に怒りと憎悪の「燃料投下」にしかならない。ドイツ代表が、血塗られたカタールW杯で張り切ったところで国内から批判されるだけで、カネにも得にもならないのだ。
国内のイスラム教徒に忖度し、ヨーロッパで唯一、抗議のキャプテンマークをつけようともしなかったスペインや、カタールと同じく外国人労働者にも自国民にも無慈悲な日本がグループリーグを1位で突破したのを、喜ぶばかりでもいられないのである。