松たか子という俳優は、全く油断がならない。彼女が映画に登場すると、ちょっと異質な空気が漂う。不穏な感じもある。それは、内面が底知れないからだ。底知れなさが見え隠れするような表情、動作に、彼女独特の色がある。
映画でなくても最近、目を見張ったのは、ある電気自動車のCMだ。木村拓哉と一緒に登場しているのだが、電気自動車に乗ったとたんに、右手を前に振りかざし(微妙な振り方)、キムタクに「行け」と言っているかのようなしぐさを見せる。全く、大胆不敵に思える。
車が動き始めた時の表情が、また凄い。車の静かな動きに対する驚きの表情と言ってしまえばそれまでだが、それだけでは収まりがつかない。驚きの中に、何か別の感情が詰まっているように見えてくる。それが何かはともかく、内面の底知れなさには果てしない感じがある。
沢田研二が孤高の作家を演じて素晴らしかった「土を喰らう十二ヵ月」(原案・水上勉)を見た時にも、驚くシーンがいくつもあった。信州で生活する作家のツトム(沢田)の話である。松たか子は、彼を担当する編集者・真知子の役を演じている。時々、原稿を受け取るために、東京からやって来る。手を重ね合わせるシーンもあり、男女の関係にあるようだ。
映画の見どころは、ツトムが畑や近くの山々からもいでくる子芋、山菜、ほうれんそう、タケノコをはじめとする多くの食材を調理し、日々生活していく姿である。ただ、真知子側に視点を移すと、映画全体の様相がちょっと違ってくる。
ある時、ツトムは「ここに住まないか」と切り出す。ここで、真知子が意外な表情を見せる。逡巡するのだ。何かを考えている。案の定、「少し考えさせて」と言い放ち、ツトムとは反対側に顔をそむけ、何とも言いようのない表情になるのだ。
ニヤッと、少し笑ったようにも見えた。「少し考えさせて」とは、すぐに承諾の返事をしては早急だと感じたか。あるいは、彼女の中で、いくつかの選択肢が渦巻いたか。
ただ、その後の「ニヤッと」の意味が不明である。普通なら「やっと、そう言ってくれたか」のニヤリともとれるが、微妙に違う。松たか子の「ニヤッと」は、傍からは想像もつかない。まさに、内面が底知れない。
おそらく役柄的、物語的には、表面どおりに受け取ればいいのだろう。ところが松たか子が演じると、普通の物語展開が極めて不確実、曖昧なものに見えてくる。監督泣かせの俳優ではないか。意図された演出から、微妙にはみ出してくる印象がある。
先の逡巡は後半で、ある変化を見せる。詳細は記さない。真知子の明快な態度のようだが、それを促したのは、ツトムのあることが原因である。そこを踏まえると、はたしてその態度は真知子の心底から出たものであろうか、と思う。
ツトムの手の込んだ料理を何の躊躇もなく、先にパクっと口に入れる真知子を演じる松たか子が、電気自動車のCMと重なって仕方なかった。内面の底知れなさとともに、一見、傍若無人なふるまいもまた、松たか子の底知れない魅力なのである。
(大高宏雄)
映画ジャーナリスト。キネマ旬報「大高宏雄のファイト・シネクラブ」、毎日新聞「チャートの裏側」などを連載。「昭和の女優 官能・エロ映画の時代」(鹿砦社)など著書多数。1992年から毎年、独立系作品を中心とした映画賞「日本映画プロフェッショナル大賞(略称=日プロ大賞)」を主宰。2022年で31回目を迎えた。