阪神は交流戦を9勝15敗で終え、最多9まで増やした貯金を全て吐き出しました。ですが、交流戦終了時の勝率5割は、私にとっては想定内の数字。首位の巨人まで5.5ゲーム差は十分に巻き返し可能な位置です。ただ、懸念されるのは、勝負の夏場以降を見据えてチームの戦う形、足場を固められなかったことです。もっと多くのカードを試して、8月以降の総力戦に備えてほしかったと思っています。
和田監督は昨シーズン終了後に「1年間戦うチームのスタミナがなかった」と、反省の弁を述べましたが、スタミナというのは選手層と同じ意味です。選手層を厚くするには若手に経験という財産を与え、育てるしかないのです。
与えられたチャンスで結果を残せなくても、自分に何が足りないか、何をすべきか、次のステップに向けて強い目的意識を持つことができます。だからこそ、DHが使える交流戦の期間中は、もっと多くの二軍選手にチャンスを与えるべきだったと思うのです。
交流戦期間中に緒方、田上、柴田、荒木の若手野手に一軍から声がかかりましたが、狩野、森田ら、ぜひとも試してほしい選手がまだまだいます。そして、最も一軍出場に飢え、昇格の時期を待っているのが、3年目の伊藤隼太です。
私が昨秋に今のポジションを引き受けた時、隼太の育成は球団から課せられた重要任務の一つでした。生え抜きのスター候補生として慶応大学から11年のドラフト1位で入団した選手です。確かに野球に対する取り組み方、考え方などに接すると、将来の幹部候補生として球団が期待するのも当然です。阪神が生え抜きの選手で勝つというテーマを掲げるなら、彼がスタメンで活躍するチームにならないといけないでしょう。
過去2年は一軍に定着することができず、今季はまだ一軍出場なしです。出場選手登録に関してはチーム事情もあることですし、私も口を挟む立場でないことは承知しています。隼太自身の状態だけを考えればある程度の形ができており、あとは一軍で結果を出すか出さないかだけです。相当悔しい思いをしているはずですが、プロ野球の世界ではいくらでもある話です。
私は一軍から声がかかる時、隼太自身の調子とタイミングが合うことを願っています。選手にも長いシーズンで調子の波があり、旬の時期があるのです。旬を長くするには、モチベーションを保つことが大切です。緊張の糸が切れ、プレーの質が落ちると、もう一度立て直すのには相当な時間がかかってしまいます。
実際に隼太も、6月に入ってからメンタル的な危険信号がともった瞬間もありました。リフレッシュの意味合いでスタメンからも外して代打で起用されましたが、結果を残せませんでした。彼の様子は、開幕から張り詰めていた糸が切れかけの状況でした。私は「代打を出された打者の気持ちをくみ取りなさい」と伝えました。隼太はその試合で3安打を放っていた育成選手の原口の代打だったのです。平田二軍監督が絶好調の打者の打席を奪ったのは、隼太への配慮です。もう一度、自分を見つめ直すきっかけとなったはずで、彼自身の今後の野球人生を考えても、いい経験になったのではないでしょうか。
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