都内の最高級ホテルで東洋系外国人客の姿が見られるようになったのは、昨年の夏過ぎのことだった。コロナ禍のため日本への観光客の入国に制限があったため、当初はそれほど目立っていなかったが、口コミの影響もあって、徐々に増えていった。一泊10万円ほどの高級ホテルに月単位で宿泊する客というのは、中国の富裕層である。そのうちのひとりが口を開く。
「中国政府が本土から出国できなくするロックダウンをするらしい、というウワサが富裕層たちの間に広まったのが、夏頃のことでした。もしそうなったら大変だということで、海外へと出国する者が出てきたんです。そして昨年10月に北京で開催された第20回中国共産党大会(中共党大会)の結果を見よう、との声が広まりました」
5年ごとに開催される中共党大会は、中国における最高の決定がなされる。今回の大会では、最高指導者を2期務めていた習近平国家主席が、2期が限度だった制度を変更して、3期目の座に就いた。そして政治局常務委員を自らの息のかかった者たちで固め、反対派を排除することに成功したのである。
3期目を継ぐことは中共党大会の開催前から予想されていたが、毛沢東以来、3期務める総書記はいなかった。任期を延長することは個人崇拝のおそれがあるとして禁止されていたのだが、それをあっさり反故にした習近平政権のやり方に、富裕層たちはショックを受けたのだった。全国紙国際部記者が言う。
「これは結局、習近平が自分のやりたい放題にやれるということです。まるで毛沢東の再来というか、もしかすると自分は毛沢東よりも上だと思っているかもしれません。となると、富裕層たちが恐れるのは、文化大革命の再来という悪夢でしょう」
1966年に起きた文化大革命は「毛沢東路線絶対」を国民に浸透させるための政治闘争だったが、学校の教師や医師などの知識層を吊るし上げて糾弾し、中国国内を大混乱に陥れた。その再来となれば、富裕層たちの財産は没収されるのではないか──。富裕層はそう感じているのだ。
なにしろ、独裁政権に異を唱える者は排除されている。習近平自身も文化大革命で、両親が田舎の農村に送られて迫害を受けたことがあり、中国人民が再来を恐れていることは肌身で知っている。
文化大革命の再来というのは大げさかもしれないが、習近平が21年8月に「共同裕福」という言葉を使ったことにも、富裕層は少なからずショックを受けている。中国は「先に豊かになれる者を富ませる」という「先富論」で政権は指導をしていたが、格差是正を求める「共同裕福」を打ち出したのだ。高すぎる所得を合理的に調整していく、という大きな変革である。これは富裕層のような突出した金持ちを排除して、国民は万遍なく裕福になろうという意味であり、富裕層の財産を没収する策に出るかもしれないという危機感を、富裕層たちに抱かせるには十分だった。(つづく)